降臨再び

「な、なんだあれは!?」

「熊!?」


 驚愕する連合軍の兵士達。北方から逃れて来た者達でさえ初めて見るそれは普通の熊の倍の体躯を誇る猛獣だった。しかも頭は異様な形に変容しており、どちらかといえば獅子のそれに近い。

 その怪物が八体、開戦からわずか数分で追加投入された。予想外の事態に狼狽する友軍をザラトスが鼓舞する。


「怯むな! 大蛇共と同じように対処を──」

「か、閣下……っ」

「ぬう……!!」

 熊型の腕が一振りされるたび、魔獣の攻撃にも耐えられるよう頑丈に組み上げたはずの馬防柵がいとも容易く破壊されていく。手の先からサーベルのように長く鋭利な爪が三本ずつ伸びていた。それを人間の十数倍の腕力で振るうのだから威力は計り知れない。

「止めろぉっ!!」

 槍を構え果敢に突き込む兵士達。ところが大蛇と違って全く穂先が刺さらない。狼型と同等の硬い感触。一見するとわからないが毛の下に鎧がある。

 ならばと投石しても鬱陶しそうに手で払うだけでダメージを受けた様子は無い。怒ったように牙を剥き出し、そして──


「ウヴァア!」


 口から何かを吐いた。その黒い粘液に触れた兵士達は絶叫を上げる。

「あ、あああああああああああああああああああああっ!?」

「溶ける! 体が、鎧ごとっ!!」

 そう、それは強酸。しかも一滴触れただけで数分で死に至らしめる猛毒。熊型の魔獣達は自ら吐き出したそれを長い爪に塗りたくると、猛々しく咆哮し再び暴れ出す。その威力はまるで竜巻。

「ぎゃあっ!?」

「た、耐えろ! 陣形を崩すな!」

「無理だこんなの! どうしようもねえ!」

「他のも来た! もう駄目だ!」

 獅子熊の投入で怒りと憎しみに燃えていた兵士達もついに戦意を失った。背中を向けて逃げ出して行く彼等を追跡し、一人一人確実に仕留める狼型。混乱の中、蛇は再び帝国兵を背中に乗せ、戦線の隙間を縫って一気に後方の弓兵隊に迫って行く。

「く、来るなあ!」

「駄目だ当たらねえ!」

「焦るな! 後退して柵の向こうに──ぎゃあああああああああああっ!?」

 真っ先に指揮役を狙い、巻き付く大蛇。全身の骨をへし折られ、絶叫したその男の口に背中に跨った帝国兵が手槍を突き刺す。

 さらに高々と持ち上げられた頭頂部から無数の玉を投げつける帝国兵。地面や連合軍の兵士にぶつかって破裂し、撒き散らされたのは虫型魔獣を引き寄せる香料。腐った臓腑の匂いが辺りに漂う。

「──喰らえ」

 呟きの直後、恐慌状態に陥った弓兵隊へ虫型魔獣の群れが襲いかかった。心を抉られるような悲鳴がいくつも上がり血飛沫が舞う。

 彼等は死んでなお安らかに眠らせてはもらえない。虫の卵を産みつけられ、味方を殺す怪物を生み出すための産床と化す。運が悪ければ生きたままその役割を課せられる。


 さらに後方、連合軍の本陣も今や恐怖に支配されていた。


「ザ、ザラトス将軍! もう駄目です、後退しましょう! ここも危ない!」

「馬鹿を言うな、兵達が戦っておるのだ! 諸君も剣を抜け、迎え撃つぞ!」

「自殺行為だ! 聖都の中に籠城すべきです!」

「空を飛べる虫共相手に壁が何の役に立つ!? いいから戦え腰抜け共! どのみちここを突破されたら人類は終わりだ!」

「嫌だ、嫌だもう! 勝てるはずがないんだっ!!」

 本営にいた半数以上の将官が都に向かって駆け出した。ザラトスは舌打ちしながら剣を抜いて前を向く。

「民の盾となり、勇者として死すは騎士の本懐! 同じ志を持つ者は我に続け!」

「おう!」

 突撃する彼の後に何人かが続く。戦線を切り裂き、目の前に迫って来る数匹の蛇。その後方から迫り来る虫の群れ。狼と熊は最前線での蹂躙を続けている。

 たしかに逃げるのが正解かもしれない。だが、それは民の話。力無き者にのみ許される行為。自分達兵士の役割は、そのために時間を稼ぐこと。一匹でも多く敵を屠って追手を減らす。

 とっくの昔に覚悟していた。だが、ザラトスは改めて固く決意する。


「騎士道とは、死ぬことと見つけたり!」


 死んだ兵士の大盾を拾い、構えながら体当たり。大蛇の懐に潜り込んだところで長剣を突き込む。

「腹は柔らかい! 腹を狙え!」

 剛力で突き刺した剣を振り抜き、次の一撃を狙いながら指示を出す。彼の雄姿に周囲の兵達もわずかながら勇気を取り戻した。逃げ続けるばかりだった者達が武器を構え、反転する。決死の覚悟で怪物に立ち向かう。


 その瞬間、雷が落ちた。


「うわっ!?」

 あまりに近かったものだから敵味方関係無く全ての兵士と怪物が数秒間、動きを止めた。眩い閃光に目を焼かれ、視力の回復には倍の時間を要する。

 偶然にも雷光に背を向けていた者達は振り返り、先にその奇跡に気付いた。そして己の目を疑う。

「う、嘘だろ……まさか、あれって……」

「いや、きっとそうだ……ここはオルトランドだぞ。あの伝説に登場する丘だ!」

「やはり神々は我々を見ていたのだ! 勝利の剣をもたらした! ザラトス閣下の言葉は正しかった!」


 兵士達の歓声を聞き、まだ回復しきっていないザラトスは目をこすりながら西の方へ顔を向ける。兵士達の声の方向から、そちらに何か現れたようだとは察した。

 同時に、まさかと思う。まさか、もしかしたら──


 同時に、北の丘の上で陣を張った帝国軍本営も目を見張っていた。こちらもやはり同じ想像をしている。

「な、なんだと……」

「おおっ……」


 ──千年前の戦いで邪神に立ち向かったのは神々と人間だけではなかった。神と人間の中間の存在、神々から祝福を受け特別な力を授かった神秘の騎士達もいた。

 一柱につき四十九人。総勢百四十七名の騎士団。

 伝説によると彼等はこう名乗ったそうな。


 天遣てんけん騎士団。


「……さあ、初陣だ」

 いつの間に現れたのか、雷が落ちた丘の頂上に純白の甲冑を身に着けた騎士達が立っている。容姿や体格、肌の色は様々。だが一様に髪は金色で瞳は青。

 先頭に立つ翼の意匠があらわれた甲冑の青年騎士が長剣を抜き、先端を乱戦続く戦場に向ける。そして声高らかに号令。

「我ら、女神アルトルより遣わされし者なり! これより人類の盾となり剣となり魔獣の群れを打ち払わん! 我以外、加減は無用! 団長ブレイブの名において命じる。悪しき獣と操る者達を撃滅せよ! 天遣騎士団、攻撃開始!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 騎士の一人が回転しながら雄叫びを上げる。両手で掴んで振り回しているのは斧。いや、斧の形をしているだけで、そう呼ぶことが馬鹿馬鹿しいほど巨大な鉄塊。


 彼はそれを投擲した。


 風が唸り、地響きが起こる。超巨大戦斧は戦場の最前線に着弾した。熊型魔獣の一体を両断し、地面に深々と突き刺さり、目撃した者達を驚嘆させる。

 あんな武器を、あれほど遠くまで──一目でわかる異常な膂力。当然、誰もが瞬間的に理解出来た。彼等は本物であると。

「かかれ!」


 再度の号令一下、走り出す騎士達。騎士とは言うが誰一人騎乗していない。その必要が無いから。

 甲冑の重さなど感じさせず、彼等は馬より速く丘を駆け下って来た。

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