第6話 汚部屋じゃない!

 結局、塩里家では二人っきりだったものの、特にイベントも起こらずに帰宅となった年洋。何か有ったら、色々と持たなかったかもしれない。

 自分の部屋に帰ってきても、まだ鼓動は早い。

 それは、


 塩里さんの家に行ったから。

 お姉さんの家に行ったから。


 どちらが要因かは分からない。

 気になるのはお姉さん。

 でも近くにいるのは塩里さん。

 塩里さんもキレイだし、とても優しい。

 しかし、お姉さんとの間に立ちはだかる壁だ。今はそこに少しずつ穴を開けて、お姉さんの情報を漏れ出させている状況。

 どうしても、年洋の頭からお姉さんの事が頭から離れないのである。

 塩里さんは手を伸ばせば届きそうな位置にはいるが……。

 お姉さんを……お姉さんの事をもっと知りたい。

 年洋は机に向かって、しばらく悩んだ。


 翌日朝。

 結局、結論は出なかった。

 しかし、塩里さんとは良好な関係を続けていこうと思う。

「東豊くん」

 こうやって、登下校が一緒になるのだから。

「今日って、放課後予定ある?」

「無いですよ」

「よかった。厚かましいかもしれないけど、引越しの残りの荷物を片付けたいの。手伝って欲しいなー……って、ダメかな?」

「いいですよ」

 年洋は即返事。

「厚かましいとか無いですよ。困った事が有れば、どんどん言って下さい」

 というと、塩里さんは嬉しそうにしていた。

 まさか二日連続で塩里さんの家に行く事になろうとは。まぁ、お姉さんとは会えないんだろうけど。


 そして放課後。

 年洋は再び塩里さんの家に来ていた。はす向かいという近そうで遠い塩里さんの家に、二日連続で来ている。家の中に塩里さん以外の姿は無い。今日も二人っきりのようだ。

 誘ってんのかな……いや、それだと展開が早すぎる――多分。

 年洋が女の子にモテた経験なんて無い。彼女がいた事も無い。合ってるかどうか分からない知識だけは、天瑠のヤツから叩き込まれたが。

 しかし、目の前には女の子がいて、親しくしてくれる。

 好き――嫌っている訳ではないと思うが、好きでもレベルがあるだろう。友だち的な意味から、ラブ的な意味まで。近所付き合いというから、近所的な意味だろう。


 ――きっと深い意味は無い。


 年洋は、そう自分に言い聞かせる。

 そして、

「塩里さん。どの荷物を、どうすればいいですか?」

 冷静を装って塩里さんに訊く。

 作業をしていれば、少しは気が紛れるだろう。年洋は一刻も早く、作業がしたかった。

「あ、えっと……主に私の部屋の荷物なんだけど……」


 塩里さんの言う通り、荷物は塩里さんの部屋が中心。リビングダイニングキッチンに有る階段を登って二階へ。

 塩里さんの部屋には、複数のダンボール箱が積み上がっていた。多くは中に大量の本が詰まっている。この箱たちのせいで部屋が少し狭く感じた。

 学校で使う物だけは、なんとか整理している感じだ。机の周りに教科書等がキレイに並んでいる。

 ベッド周りもキレイだ。ここで寝ていると思うと、ドキドキする。

 そして空っぽの大きな本棚。ここにダンボール箱の本を入れるのだろう。

 塩里さんは本をよく読むそうで、これでも引越し前より大きく減らしたらしい。それでも多いのだが。

「ごめんね。散らかってて」

「本、好きなんですね」

「私って、どちらかと言うとインドア派、だから……」

 最後の方は声が小さくなって、少し気恥しそうにする塩里さん。

「でも、今は電子書籍とかあるじゃないですか」

「私ね、あの……変とか言わないでよね? 紙の手触りとか、紙の匂いとかが好きなんだ……」

「変じゃないですよ。五感で本を読むなんて、いい事じゃないですか」

 というと、塩里さんは顔を赤くしていた。照れている塩里さんなんて、学校じゃまず見ない。不覚にもかわいいと思ってしまった。

 で、塩里さんがお気に入りの本を本棚に並べる訳だが、この本が詰まったダンボール箱が非常に重く、本棚の前に運ぶだけでも一苦労。かといってダンボール箱を運ばなければ、ダンボールと本棚の間を往復する必要が出てきて、作業量は大きく増える。

 こりゃ呼ばれる訳だ。

 塩里さんが一人で大変だと思うと、これぐらいはなんて事無い。何度呼ばれたっていい。いくらでも手伝う。そんな気持ちで一心不乱に手伝った。

 やがて本を出し終えて積み上がっていたダンボール箱を全て畳むと、部屋がすごく広くなったような気がした。

「終わったー!」

 年洋は思わず大声を出してしまった。ずっと箱を移動させたり、ダンボール箱を畳んだり、塩里さんの言うとおり本を並べたりで、時間も忘れてずっと動いていたような気がする。一気に疲れが来たが、悪い疲れじゃ無い。

「あっ!」

 突然、塩里さんが短い声を上げた。

「どうかしたんですか?」

「もうこんな時間だと思って」

 時計を見ると、十九時を回っていた。外ももう日が傾いて落ちてしまう寸前。片付けに夢中になっていて時間を忘れていたようだ。

「ごめんなさい。こんな時間まで」

「いいですよ。どうせ家はすぐそこですし」

 と言ったところで、突然部屋の扉が開いた。廊下には女の子が立っている。髪は肩に掛かるぐらいのミディアムヘアで、肌は少し浅黒くてかわいらしい顔をした子だった。

「お姉ちゃんい……あーーーっ! お姉ちゃん、男連れ込んでるぅ!」

 その子はいきなり大声で叫んだ。

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