はす向かいのおうちで

龍軒治政墫

第1話 キレイなお姉さんとキレイな転校生が一緒にきたよう

 暑い!

 立夏も来てないのに暑い!

 立夏はゴールデンウィークの最後にやってくる、春と夏の境目。これを過ぎれば初夏に入る。

 なのに暑い。

 今はゴールデンウィーク。このゴールデンウィークと言うのは、映画が娯楽の中心だった時代に、今は亡き映画会社が付けた名前。この暑さだと、ゴールデンどころか人生のゴールです、になりそうだ。

 それでいて朝は寒いんだから、イラッとする。でも、それが朝も暑い夏と、今の春の違いなんだと思う。

 そんな大型連休に、東豊とうほう年洋としひろは家に居た。今年は家族でどこにも行く予定が無い。

 高校二年生、青春まっただ中なのに暇を持て余していたのである。

 このまま家にいると、朽ちてしまいそうだ。

 年洋は出かける事にした。


 家を出ると、はす向かいの家の前には一台のトラックが停まっていた。どうやら引越のようで、作業スタッフが家財道具を降ろしていた。ここはしばらく空き家になっていた所。誰かがここに住むようだ。

 特に気に留めずトラックの横を通り過ぎた時、家の前に女性が立っているのに気付いた。家を出た時にはトラックの陰で気付かなかった。

 その女性は白いシャツに紺色のキャミワンピという出で立ち。胸の辺りまで伸びた栗毛色の髪は、シュシュでまとめていた。

 年は確実に上。これで同じ年や年下なら、大人っぽすぎる。

(キレイな人だな……)

 年洋は思わず見とれて足を止めてしまった。こんなキレイなお姉さんが近所に住むなんて、少し――いや、かなり嬉しい。

 そんな事を考えていると、お姉さんと目が逢ってしまった。

(あっ!)

 さすがに変な人かと思われたかな?

 と思った時、お姉さんはニコッとかわいらしい笑顔を見せた。

 それを見た年洋は頭を軽く下げ、早足でその場を去った。その場にとどまるのは、少し恥ずかしかったのである。

(なんだ? どういう意味だ? あの笑顔)

 年洋は早歩きで進みながら考える。

 考えられるのは、


 一 近所の人だから挨拶

 二 人間、追い詰められると笑ってしまう

 三 見られる事に悦びを感じる


 うん。一であって欲しいな。他は危ない。

 その日以降、年洋の頭からお姉さんが離れなくなってしまった。


 大型連休明け。

 年洋はだるい身体にムチ打って、学校までやってきた。連休明けは気だるい。通常の月曜以上にやる気が出ない。

 それでも頑張って二年二組の教室に入り席に座ると、

「よぉ、トシ」

 男子生徒に声をかけられた。

 声をかけてきたのは、友人の仁和にわ天瑠あまる。一年の時からクラスが同じで、大体エロい事を考えてるバカだ。

「連休中、何かいいことあったか? 女に出会ったとか、女に出会ったとか、あと女に出会ったとか」

「別に…………いや」

 天瑠に訊かれて、年洋はふとお姉さんの事を思い出す。

「ん? なんかあったな? あったんだな?」

 天瑠は年洋の両肩をガッシリ掴んだ。

「詳しく聞かせてもらおうか」

 これはもう逃れられない。

 年洋は諦めて、お姉さんの話をする事にした。

「近所にステキなお姉さんが引っ越して来たんだよ」

「ほぉ……」

「すっごくキレイでさ。でも、笑うとかわいいんだ」

「ほぉぉぉ…………」

 天瑠の肩を掴む手の力が強まる。

 ここで、お姉さんの特徴を一つ思い出した。

「あと、大きい」

「むっ! それはけしからんが、画像を見ないと分からんな。トシ、盗撮してきてくれ」

「出来るか! バカ」

「やれよ、バカ! お前ばっかり幸せで、ズルいぞ? オレにも分けろ!」

「幸せって、まだ知り合いにすらなってねーよ」

 お姉さんとは、せめて知り合いにはなりたい。あのお姉さん、凄く気になる。

 と思った所で、教室の戸が開いて担任の呰野あざの先生が入ってきた。生徒たちは一斉に自分の席へと戻る。もちろん、天瑠も。

「はーい、みんな連休明けも元気に来ているみたいですねー」

 呰野先生はおっとり系の女性教諭で、生徒からの人気も高い。

「そんな元気な皆さんに、いいお知らせが有ります。なんと、転校生が来ちゃいましたー」

 甘栗むいちゃいました、みたいに言われたその言葉に、クラス中がざわめく。転校生が来るなんて事前情報は無かった。転校にしても、時期が中途半端だ。予測なんて出来ない。

「女子だったらいいな!」

 席が近い天瑠が、テンション高めに言ってくる。こいつが「男子だったらいいな!」とは絶対言わないし、言ったら言ったで危ないし、こう言って男だったら明らかにやる気無くすのは、目に見えている。

「転入の人、どうぞー」

 教室の戸が開いて入ってきたのは、女子生徒だった。

 女子にしては長身で、髪は腰の辺りまで伸ばしていて、百合の花をモチーフにしたヘアピンを着けている。鼻筋の通ったキレイな顔立ちで、憂いを帯びた目が、大人っぽさというか、色香を漂わせていた。

 どこかで見た感じの顔だが……。

 また、姿勢もいいのでスタイルの良さが際立つ。

 そして、ファッションショーかというぐらいにキレイなウォーキングで教壇まで歩いて来た転校生は、自分の名前を達筆に黒板へ書き上げた。

塩里しおり佐里さりです。千葉から来ました。こちらの方は分からない事が多いので、宜しくお願いします」

 塩里さんの凛とした声が教室に響く。頭を下げる所作まで美しい。

 クラスはどよめきたつ。

「なぁ、最高だな!」

 クラスで一番テンション上がってるのは、天瑠コイツだろう。間違いない。

「しかもでかい!」

「お前はそこしか見ないのか!」

「結果的にそこを見るんだ」

「なんの結果だよ!」

「ところでトシ、お姉さんとどっちがでかい? それでお前が言ってたお姉さんを想像する」

「うーん……」

 お姉さんかな? と思うが、実際は分からないし、それを言うと余計天瑠がお姉さんを見たがる気がする。写真撮ってきてくれ、と間違いなく言い出すだろう。

 なので無難に、

「同じぐらい……かなぁ?」

 でまとめた。

「なんと!? それは気になるな。今度お姉さんの写真を撮ってきてくれ! 頼む!」

 結局、一緒かーい!


 そして塩里さんの席は年洋から少し離れた位置に用意された。少し残念に思う。近かったら学校生活も変わっていたかもしれない。だが、それは塩里さんの席が天瑠の席からも近いと言う事になる。間違いなくうるさくなるだろう。


 休み時間になった。

「トシ」

 塩里さんを見ていた天瑠が声をかけてくる。

「塩里ちゃん最高だな。あ、お前はお姉さんが好みなんだっけ」

「好みというか、気になってるというか……」

「気になってるんだったら、好みなんだよ。自分に正直になれ」

「お前は自分に正直すぎるんだよ!」

「当たり前だ。オレは刹那に生きてるんだからな」

「俺はもうちょっと慎重に生きたい」

「慎重になりすぎて、後悔することだけはするなよ」

 天瑠は少しぐらい後悔や反省をした方がいいと思う。

「そういや、千葉から来たんだよな、塩里ちゃん」

「って言ってたな」

「千葉の名産ってピーナッツだよな? 鼻から飛ばしたりするのかな? オレ、そのピーナッツを顔面に浴びたいんだけど」

「やらねーだろ。それに、その人が飛ばすのはえんどう豆だ」

 でもピーナッツ飛ばすと有名である。

「他に名産と言えば、さやいんげんだな。すじ……」

「今、九割がすじ無しの品種だよ」

「なんとぉ!? あと名産は……マッシュルーム? 鼻は無理か。口から飛ばして欲しい。オレが口でキャッチする」

「余計やらねーよ」

 天瑠の変態的妄想は、放課後まで止まらなかった。


 学校も終わり、天瑠と違って部活もしていない年洋はまっすぐ一人で家に帰る。

 家に入る前にふと、はす向かいのお家を見た。

 そこに、お姉さんの姿は無い。

 あの日、お姉さんを見た時から気になって仕方無い。人生が変わったような気さえしてくるのである。

(次はいつ会えるのだろう……)

 そんな事を考えながら、家に入った。


 翌日。

 年洋はアクビをしながら家を出る。今日も学校へと向かう。

 はす向かいのお家を見ると、物音が聞こえてきた。誰かが家の中から出てきたようだ。

(お姉さんかな?)

 と思ったが、そこに現れたのは昨日の転校生である塩里さん。

「え?」

 年洋の寝惚けていた頭は一気に覚めた。あの転校生がここから出てくるという事は、はす向かいの住人だという事。

 これを天瑠が知ったら「幸せ分けろ」だの「盗撮しろ」だの言ってくるだろう。ここに住んでいる事は秘密にしておこう。

 ――待て。となると、あのお姉さんは転校生のなんなんだ?

 考えていると、塩里さんに続いてお姉さんが現れた。

 そして塩里さんはお姉さんに向かって、こう言った。

「行ってきます、お母さん」


「………………はぁぁ!?」

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