そのパーティ、勇者不在につき

抹茶味のきび団子

プロローグ

 広大な大地を、男女二人ずつの四人組か歩いていく。周りは見渡す限り草原で、遠くの方に薄ぼんやりと、しかし雄大な山々が望んでいる。気候も良く、散歩やちょっとしたハイキングにはもってこいの日だ。


 ──だというのに、その四人の顔はとても険しいものだった。会話を交わすことこそあるものの、楽しげな様子は見受けられない。


「──だから、勇者様を取り戻すのが先決でしょう? わたくし達が争っている場合ではありません!」


 頭にクリスタルのペンダントを付けた、一国の皇女とも見える少女がそう呟く。そのブロンドの髪は、澄み切った一面の緑によく映えていた。


 かと思えばその次には、すました顔をした二十代前半くらいの若い男性が口を開く。


 よく見ると背中には弓を携えており、彼が弓使いであることが言われずともうかがえた。


「とはいえ、勇者にとらわれすぎるのもよくないだろ。この街を牛耳っている魔王軍だっているんだし、勇者のことは民衆を助けながら解決していくってことでいいんじゃないのか? アイシャだってそう思うだろ?」


 少しぶっきらぼうな口調で同意を求める彼に、アイシャと呼ばれた人物が言葉を返した。


「誰だったっけねぇ、数日前も同じことを言ってボロ負けして帰ってきたのは。ねぇ、ジューク。アナタには心当たりがある?」


 アイシャは弓使いの男がむっとした顔になっても構わず話していた。──もっとも、本人は自分の真っ赤な髪と魔法用の杖を手入れしていたので気づいていないようだったが。


 そんなアイシャをたしなめるようにしているのは、先ほど同意を問われたジュークだった。他の三人が細い体つきをしているのに比べて、彼の体はものすごく大きい。ヒトならぬ異種族のように……とまではいかないが、それでも常人離れした体躯の上に、優しそうな目をした顔がチョコンと乗っている。


 また、大きな手には明らかに特注と思えるサイズのメリケンサックが装備されており、ただでさえ高そうな拳の破壊力を底上げさせていた。


「まぁまぁ。ヘレンスにだって悪気はないんだ。確かに少し先走ってしまったところはあったかもしれないが、そこまで言ってはヘレンスが不憫に思えてくるよ」


「っかーッ……まったく、相変わらず拳闘士さまは優しいことだねぇ?」


「おい、俺を悪く言うのはまだ分かるがジュークは関係ないだろ。大体それを言うならお前にだって──」


「静かにしてください! まったくもう……ただでさえ勇者様がいない危機的状況だというのに、どうしてわたくし達は仲間割れをしなくてはならないのですか?!」


 終わらない水掛け論に苦言を呈したのは、ペンダントを付けた少女だった。彼女が大声を出したのがよほど珍しかったのだろうか、他の三人は全員黙っていた。


「いいですか? わたくし達は旅立ってすぐに魔王軍の奇襲を受け、その際に勇者様を連れ去られてしまったんですよ? しかも勇者様は捕虜にされたというわけでもなく魔王軍の手によって封印されているんです。

 ──そのうえ、全世界の民に不安を与えないためにこの事は秘匿され、わたくし達の他には大国の国王くらいしかこの事を知っている者はいません。そんな──わたくし達が一番しっかりしなければならない状況ですら、あなた方は喧嘩をなさるというのですか?」


「それは……」


「……悪かったよフィリネ。アタシも調子に乗りすぎた」


 先ほどまでの勢いはどこへやら、気の抜けた様子で謝る二人にフィリネは困惑した様子だ。むしろフィリネの方がその勢いを削がれていたくらいであった。


「わ、分かっていただけたのならよろしいのですけれど……」


「──まぁ、なんにせよ儂たちは各地の魔王軍を撃破しながら、勇者の封印を解くことを同時目標に据えて進めばいいだけだろう? 違うか?」


 簡略化されて突きつけられた現実の重さに、答えを返せたのは一人だけだった。


「違いません、ジューク。わたくしの言いたいことをまとめてくださってどうもありがとう」


「構わないさ。どうせここらで一回現実を見ておくことも必要だっただろう。なにせこれからは──精神的にも戦闘的にも、絶対的と言えるリーダー不在の旅になるからね」


 少しの沈黙が流れる。一筋吹いた風によって、辺り一面の草がサァッと音をたてる。


「アタシはいいよ。落ち着いたら少し現実が見えて、覚悟もできた」


「……俺も。俺も、何をするか多少は明確になったおかげで、俺達がやるべきことは分かった。──それに、リーダーは俺が務めればいいだけだしな」


「あ、ヘレンスさんは精神年齢に不安が残るので、一時的なリーダーはわたくしが務めさせていただきます。もともとは勇者様がしていっらっしゃったったことですし、勇者様に一番近い立場であったわたくしがやる方が、何かとうまく回るでしょう」


 俺こそリーダーと言わんばかりに勢いよく前に進み出たヘレンスが、フィリネの一言でずっこける。


「俺じゃないのかよ……」


「ハァ……。フィリネ、こんなやつ置いてさっさと行かない?」


「そうですね。国民の皆様も勇者一行を心待ちにしていることでしょうし、進みましょうか」


 そう言うと三人は、町の方角へと歩き出す。それに遅れてヘレンスも走って三人を追いかけた。


そう。これは勇者を求めるだけの、なんらおかしいところもない世界で勇者を失った、そんな者たちの──苦労続きの冒険譚だ。

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