莉子の気持ち

 川に遊びに行った翌日。

 家庭教師に訪れた莉子りこの前で僕は正座している。その僕の前で無言のまま腕組みをする莉子りこはとても不機嫌な表情を浮かべていた。

「ねえ、柳一郎りゅういちろう、私が怒ってる理由わかる?」


 そう言われても思い当たる節がない。

 遊びに行く事自体は事前に伝えてあったし、誰と行くのかも莉子りこには伝えている。その上で莉子りことは予定が合わなかったのだ。それに山梨やまなさんと二人で遊びに行った訳じゃない、優璃ゆり悠香ゆうかさんも一緒だった。

 でもこれを馬鹿正直に口にすると更に怒りを助長することになる。だからこそ僕は必死になって考える。

 答える事ができずに黙っていると莉子りこが口を開く。

山梨やまな 玲香れいかさんだっけ、柳一郎りゅういちろうの事が好きなんだってね」

「いや、そうは言っても、約束してたし、優璃ゆりも一緒だったわけだし」

「好きなんだってねっ!」

「……みたいです」

 嫉妬、してる、のか?

「別に私は女の子と遊びに行った事を怒ってるわけじゃないのよ。柳一郎りゅういちろうの事を好きな子がいるのも当然だし、けどね!好きって気持ちを向けられてるのを知ってる子と遊びに行くのに、その事を私に言ってくれないのはとってもモヤモヤした気持ちになるんだよ」

「ごめん」

「ホントに何もなかったんだよね?」

「ないよ、そんなに言うなら優璃ゆりに聞いてみればいいじゃないか」

 一方的に言われて少しだけムッとする。そんなに僕の事が信用できないのか?


 あの日から何となく莉子りこと顔を合わせても気まずくなっていた。

 信頼されてないと感じてしまったのが理由だというのは分かっている。

 あの場で一言謝ってくれたら違っていたのかもしれない。でも、あの後、優璃ゆりに話を聞いた莉子りこから「故意じゃなかったとはいえ優璃ゆりの胸を揉んだってホント」と言われた事にカチンときた。

 そういう聞かれ方をされるような事はしてないのに、「莉子りこは僕が信用できないのか」そういう思いが口をついて出た。

「「あっ」」

 それ以来まともに会話をしてない。


 信じてもらえない事に虚しさが大きくなってきて受験勉強にも身が入らない。

 そして気まずい雰囲気のまま受験勉強をするのが嫌で莉子りこの家庭教師は断った。今、二人が一緒にいてもどうにもならない。そう考えた結果だった。



 柳一郎りゅういちろうさんの家庭教師に来るはずだった莉子りこ姉さんが来ない。最初は何か都合が悪くなっただけだろうと思っていたのだけど一週間が過ぎてもやっぱり来ない。

 それに柳一郎りゅういちろうさんも落ち込んでいるようにも見える。

 二人の事だから私が口を挟まない方が良いだろうと考えていたんだけど、流石にそう言ってられないかもしれない。

 私は仲のいい二人のことが好き。そのはずなのに胸がチクリとした。


 朝食のあと自室に戻ろうとする柳一郎りゅういちろうさんを呼び止める。

柳一郎りゅういちろうさん、何かありました?」

「何かって、なに?」

「っ、その、莉子りこ姉さんが、最近来てないようなので……」

「もう、来ないんじゃない」

 そう言って踵を返して自室に向かう柳一郎りゅういちろうさん。

「えっ!?」

 嘘、どういう事?

「待ってください!」

 私の呼び止める声を気にした素振そぶりもなく言ってしまった。あんなにお互いの事が好きだった二人がどうして……

 後を追って柳一郎りゅういちろうさんの部屋の扉をノックした。

「なに?」

 不機嫌そうな声が返ってきた。

「入っていいですか?」

「いいけど」

 部屋に入ると柳一郎りゅういちろうさんは机に向かうでもなくベッドに腰を下ろしていた。私はその向かいに立って様子を窺う。

「そこの椅子に座ったら」

「はい」

「それで、なに?」

莉子りこ姉さんと何かありましたか?」

「そのことはもういいだろ?」

「いいえ、良くないです」

「はぁ……、知らないよ、僕のことが信用できなくなった。それだけだろ」

「どうしてそうなったんですか?」

「……はぁ」

 柳一郎りゅういちろうさんは言いたくなさそうにしているけど、私はその目をじっと見つめる。多分、今聞かないとこの先聞く事は出来ない。理由はないけど、そう思ってしまった。

「お願いします。話してください」

「……本当にたいした事じゃないよ」

 ポツリとこぼすように口を開いたその先を待つ。

「この間、皆んなで川に行っただろ」

「はい」

「それで、山梨やまなさんの事を莉子りこに言ってなかった事を責められたんだ」

「もしかして、私が莉子りこ姉さんに玲香れいかさんが柳一郎りゅういちろうさんに好意を持っている事を話したことが原因ですか」

「多分違う。僕は皆んなで遊びに行く事は言ってあった。それに、二人っきりになることもなかったし、やましい事はなにもしてない。それなのに、僕がその事を話さなかったのは山梨やまなさんに好意を持っていると思われたんだ。その後も優璃ゆりを引き起こした時の事を持ち出してきて、胸を揉んだって言い出して、その事を隠してたって言われて、僕の事を信用してないのかと思って、ついその事を問い正したら黙ってそれっきり。あとは気まずくなって家庭教師は断った。正直、もう大学受験のモチベーションも下がってやる気が起きない」

柳一郎りゅういちろうさんは今の莉子りこ姉さんの事をどう思っているのですか?」

優璃ゆりには関係ないだろ」

「いいえ、あります!」

「っ!?びっくりした。急に大きな声を出すなよ」

「す、すいません。でも、本当に私にとっても大事な事なんです」

「……はぁ、本当に、わからないんだ……、莉子りこの事が好きだった気持ちは本当なのに、今は、どう思ってるのか自分でもわからないんだ」

「っ、そう、なんですか……、もし、今、玲香れいかさんが告白してきたら、どうしますか?」

「わからない」

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