来訪

 優璃ゆりが熱を出して両親不在の為、僕が看病のために学校を休んだその日の午後。


 山梨やまなさんがうちを訪ねてきた。


 僕が彼女の家に忘れてきたスマホを持ってきてくれたのだけど。いや、それ自体はとても有難かったのだけど問題は僕のスマホに届いた通知を彼女が偶然見ていた事。画面ロックはかけていたんだけど、通知は有りに設定していたもんだから通知音がした際に彼女がそれを見ていても文句は言えない。


 問題があるとすればその時に表示されていたメッセージの内容。

 優璃ゆりからの帰宅時間を確認するメッセージ。


 その内容を見てしまった山梨やまなさんは僕の元に訪れ、開口一番こう言った。

嵩賀谷かさがや先輩と妹尾せのお先輩は同棲してるんですか?」

「んなっ!?なんで?」

「私の家に忘れていった先輩のスマホに妹尾せのお先輩から帰宅時間を確認するメッセージが沢山届いていました」


 渡されたスマホをスリープから解除する。

 通知を確認したら滅茶苦茶通知がきている。その殆どは優璃ゆりからのもの。

 玄関先でそんな話をしていると背後から声がかかる。


柳一郎りゅういちろうさん、山梨やまなさんにあがって頂きましょう」

優璃ゆり、いいのか?」

「はい、山梨やまなさんにお話し、しましょう」

 さっきまで眠っていた優璃ゆりはパジャマ姿。それを見た山梨やまなさんは目を見開いて驚きを表していた。ポカンと口を開けて絶句している。


山梨やまなさん、どうぞ、あがってください」

「えっ、あ、お邪魔します……」

 まだ状況が理解できてない様な山梨やまなさんは挨拶をして優璃ゆりの後に続いてリビングに向かう。二人の後を追って僕もリビングに向かう。


「麦茶でいいですか」

「はい」

 山梨やまなさんの向かいの席に僕が座り、麦茶を持った優璃ゆりが僕の隣の席に着いた。


 山梨やまなさんはまるで自分の家の様に振る舞う優璃ゆりの姿に戸惑いを隠せずにいた。

 最初に口を開いたのは優璃ゆりだった。

山梨やまなさんの疑問を最初に解いておきます。私と柳一郎りゅういちろうさんは兄妹です」

「えっ、だって苗字が違うじゃないですか……」

「はい、学校では混乱を避けるために私は母の旧姓を名乗っています」

「義理の兄妹という事ですか?」

「はい。学校の方には伝えていますけど、生徒には話していません。ですので山梨やまなさんも他言しない様にお願いします」


 少し考え込む様な表情を浮かべた彼女だったけど少し意地の悪い表情を浮かべて口を開いた。

「もし……、私がそれを了承しなければどうします?」

「えっ!?」

 僕はそんな事を言い出すとは考えてなかったので驚いたのだけど優璃ゆりは違っていた。

 ふぅっと息を吐いて答える。


「私は柳一郎りゅういちろうさんと家族という事が知れ渡っても構いませんよ。公にしていないのは柳一郎りゅういちろうさんの周りが騒がしくなる事に配慮しての事ですので」

 真っ直ぐに山梨やまなさんの目を見て話す優璃ゆり、その目を山梨やまなさんも見返している。

 その状態でどれだけの時間が過ぎたのか、もしかしたら10秒にも満たないかもしれないが僕にはもっと長く感じられた。


 はぁっと息を吐き山梨やまなさんは緊張を解く。

「分かりました。誰にも言いません」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

「いえ、こんな形で嵩賀谷かさがや先輩を困らせたくないだけです」

「だからこそ、ありがとう」

「そう思ってくれるのなら、一つお願いを聞いて頂けますか?」

「内容によるかな」

「そんなこと言ってもいいんですか?」

 また、意地の悪い表情を浮かべる。そして少し楽しそうにも見える。これがこの子の素なんだろう。


「夏休み、私と一緒に遊びにいってくれませんか?」

「二人っきりで?」

「はい」

「それは……「駄目です」」

 食い気味に優璃ゆりが答える。

柳一郎りゅういちろうさんには彼女がいますので、二人っきりは容認できません」

妹尾せのお先輩には関係ないじゃないですか」

「いえ、私は柳一郎りゅういちろうさんの事を任されていますので」


 考え込んだ後、彼女は顔を上げて譲歩案を出す。

「それなら妹尾せのお先輩も一緒に行きませんか?」

「それなら、まあ、いいでしょう」

「なあ、僕の意見は?」

「えっ、先輩嫌なんですか?」

柳一郎りゅういちろうさんは私達と遊びに行くのは嫌ですか?」


 いつの間にか僕の味方はいなくなっていた。


 詳細は後日ということで二人の間で約束が結ばれていた。


「ところで、私はこれから二人をどう呼んだらいいですか?」

「僕は今まで通りでいいよ」

「私もこれまで通りでお願いします」

「残念、これを機に嵩賀谷かさがや先輩のこと、名前で呼ぼうと思ってたのに」

「あら、残念でしたね」

 二人とも目が笑ってない。

「二人共、もう少し、仲良くしてくれよ」

 呆れを込めて二人に頼む。


 この後、女子だけの話があると優璃ゆりが言い出し、僕は部屋へ追い立てられた。一体なんの話をするのやら。



 僕が自室に引っ込んだ後リビングでは二人で話し合いが行われていた。


山梨やまなさんは柳一郎りゅういちろうさんの事が好きなんですか?」

妹尾せのお先輩、私の事は玲香れいかと呼んでください」

「分かりました。それで、どうなんですか?」

「はい、私は嵩賀谷かさがや先輩の事、好きですよ」

「いつからです?」

「鍵を探してくれた時から気にはなっていましたけど、その事を自覚したのは最近です」

「先程も言いましたが柳一郎りゅういちろうさんには彼女がいますよ」

「そんなの関係ないですよ。先輩に彼女がいたとしても、私が先輩を好きな気持ちは私のものだから」

玲香れいかさんは凄いですね」

妹尾せのお先輩も嵩賀谷かさがや先輩の事好きなんじゃないですか?」

「えっ、私、義妹いもうとですよ」

の妹なんですよね?それなら問題無いんじゃないですか」

「考えたことも無かったです……」

「あっ、余計な事言っちゃった、かな?」

「そうですね」


 どちらからとなく、ふふっと笑い合う。

 少しはお互いの事を知る事ができたのだろうか?


 それは僕の知るところでは無かった。

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