第3話

「穂波ってさぁ。動物に例えるとペンギンだよね」


 友達の一人が、不意にそう言った。


「え。どの辺が?」

「警戒心ないっていうか、飴あげるって言ったらついてきそうな感じ?」

「そんな風に思われてるんだ、私。これでも色々警戒してるんだけど」

「飴食べる?」

「……食べる」

「ほら、警戒心ない」

「いやいや。友達はノーカンでしょ」


 私は友達から受け取った飴を食べながら言った。ミルク味の飴だ。いつも私が持ってきているものと違う種類だけれど、美味しい。


「よしよーし。ほなペンは可愛いなぁ」

「だいぶ馬鹿にしてるよね、それ」

「してないしてない」


 わしゃわしゃと頭を撫でられる。

 せっかくセットした髪が台無しだ。


 私は普段から、いつ雪羽に見られても可愛いって思われるよう、念入りに髪はセットしている。


 前髪を決める作業はテストで高得点をとるよりも難しくて、私はいつも悪戦苦闘していた。


 でも、結局雪羽が好きな髪型なんて知らないから、どれだけ整えても自己満足な気もする。それでも彼女に可愛いって思われたいのだ。だから手を抜けない。


「軽んじられてる気がする」

「大事にしてるんだけどなー」

「でも、この前寝てた時起こしてくれなかったじゃん。私、危うく一生教室で寝てるところだったんだけど」

「え? いや、それは——」

「夏川」


 いつの間にか、すぐ目の前に雪羽が迫ってきていた。

 縮地でも使ったんだろうか。


 今は髪が乱れているから、あんまり近付いてほしくないし見てほしくない。けれど、雪羽はお構いなしに私をじっと見つめている。


 目と目が合った。

 髪を見てこないのはありがたいけれど、いつもはちゃんとセットしているんだから、見てほしい気もする。


 恋は人をわがままにさせるのかもしれない。


「おはよう」


 いつもは私の席に来てまでおはようなんて言ってこないのに、珍しい。

 不思議に思ったけれど、それ以上に嬉しくて、私は思わず笑った。


「おはよ、雪羽。今日も可愛いね」

「……ありがと」

「むしろ私がありがとうだよ。朝から雪羽の可愛いお顔が見れて嬉しいなー」

「そっか。……天気、いいね」

「うん。雲一つない青空だねー」


 渾身の褒め言葉が簡単にスルーされてしまった。でも、朝から挨拶をしてくれただけで嬉しいから、プラマイゼロだ。

 いや、むしろプラスだと思う。


「散歩日和だね。……してきたら?」

「いやいや。もうHR始まるし」

「そうだね」


 なんだろう、この会話は。

 今日の雪羽はどこか様子がおかしい。雰囲気もちょっと焦った感じというか、ピリッとしている気がする。


 どうしたんだろうと思っていると、予鈴が鳴る。

 そろそろ担任が来るから、皆自分の席に戻っていく。でも、雪羽はなぜか席に戻ろうとしない。


 しばらく私たちは無言で向き合っていたが、先生が来たら視線は自然に逸れて、雪羽も席に戻っていった。

 なんだったんだろう、今のは。




「雪羽。さっき、何かあった?」


 放課後。私は帰り道を歩きながら、雪羽に聞いた。

 雪羽はぼんやりと空を見上げながら歩いている。


 転んだりしないだろうか。ちょっと不安に思ったけれど、手を繋ごうとしたら避けられて、変な感じになってしまいそうだ。


 他の友達とならいくらでも手を繋げる。強引に繋がれることも、自分から繋ぎにいくこともあるのに。


 雪羽相手だとそうはいかない。

 私は彼女の中でスキンシップ好きの友達として分類されていると思う。でも、どこまでのスキンシップが許されるのかわからないから、臆病になる。


 友達という関係を、疑われたくない。

 恋愛的な意味で好きってことを見抜かれてしまったら、何もかも終わりだ。


「ううん。特に、何も」


 雪羽はそう言って、私を見つめてくる。

 黒い瞳は今日も澄んでいる。


 歩く度に揺れる彼女の髪が、自然と目に入る。彼女の髪はさらさらというより、ふわふわだ。春の綿毛みたいに柔らかそうで、触ったらきっと気持ちいいんだと思う。


 ふざけて友達の髪に触ることはあるけれど。

 雪羽にしたら、嫌われそうだ。


 触ろうとするときは、雪羽に見えるように、ゆっくりと行動を起こさないといけない。嫌だったらちゃんと逃げられるように。


 不意打ちとか、考える暇を与えないのは駄目だ。

 逃げられるスキンシップとそうでないスキンシップをちゃんと分けて、彼女と触れ合いたい。


「シマエナガ」


 不意に、雪羽はそう呟いた。


「え?」

「夏川を、動物に例えたら」

「あー。朝そんな話してたね。シマエナガって、どんなの?」

「白いふわふわの鳥」

「……私って、鳥のイメージなの?」


 ペンギンとか、シマエナガとか。もしかして私は友達皆から馬鹿だと思われているんだろうか。


 ……否定はできない。

 少なくとも頭がいい方でないのは確かだ。何をしても平均的で、普通なのが私の悪いところである。


 もうちょっと尖った生き方をしたいと常々思っている。

 尖った私だったら、雪羽に告白とかしていたのかもしれない。


 友達として二人で歩いているこの時間が何よりも大事だから、普通な私は告白なんてしないけれど。


「馬鹿だと思われてるならショックなんだけど」

「そういうわけじゃないよ。……私は?」

「ん?」

「私は、動物に例えたらなんだと思う?」

「んー……」


 雪羽を例えるのは難しい気がする。雪羽こそシマエナガって鳥に似ているんじゃないだろうか。ふわふわしてるし。


 白くて、ふわふわ。

 雪羽の髪は黒だけど、なんとなくそんな感じがする。


 白くてふわふわで、普通じゃないものといえば。一つだけ、心当たりがあった。


「ケサランパサラン」

「ケサ……何?」

「白くてふわふわなやつ」

「夏川と被ってる。待って。ちょっと調べて——」

「だめ」


 私はポケットからスマホを取り出そうとしている雪羽の手を強引に握った。


 ケサランパサランについて調べられると、ちょっと困る。

 深い意味を感じさせたらまずいから、私はそのまま彼女の手を引いた。


「調べたら楽しくないよ。私もシマエナガについて調べないから、雪羽も調べないで」

「……いいけど。例えられた動物について調べないのって、どうなのかな」

「いいから。それよりも、今日どこ遊びに行くか考えてよ」


 調べさせないようにするという名目で、彼女の手を握り続ける。嫌だからやめてと言われれば、すぐにやめるつもりだった。


 でも、雪羽は何も言わずに私の手を握り返してくる。

 それを都合よく同意と受け取った私は、少し弾んだ気分で彼女の手を引いて歩いた。


 冬の寒さが気にならなくなるくらい、心臓が熱い。どくんどくんうるさすぎて、この鼓動が彼女に伝わってしまうんじゃないかと不安になる。


 それでも離したくないから、私は彼女と手を繋いだまま歩き続けた。

 雪羽はやっぱり、無表情だったけど。

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