第9話 俺の名は

 よし、営業の基本である『イエス取り』もできたし、次に進もう。


「その剣返して貰って良いですか?」


「あ、はい」


 使い物にならなくなった剣を捨て、冒険者に預けていたベルンさんの剣を受け取る。

 俺は剣を指差しながら、説明を始めた。


「どうしても剣は斬れば斬るほど、劣化してしまいますよね?」


「テメェら何ゴチャゴチャやってやがる!」


「戦闘中に剣が使えない、そんな事態に陥らないためにも⋯⋯」


「舐めやがって! ぶっ殺してやる!」


「今回オススメしたいのが、この⋯⋯」


「野郎ども! やっちまえッ!」


 盗賊団から、五人程がこちらに突撃してきた。

 クソ、うるせーな、邪魔しやがって!

 しょうがない、先に実演だ!


 まだ、奴らが剣の間合いに入るには、少し距離がある。

 それはすなわち、相手にはまだ心構えがしっかりとできていない、ということだ。


 ──自分が、今すぐにも斬られるかも知れない、という心構えが!




 奴らの意図を外すため、戦神流の歩法『地渡り』で接近し、一瞬で間合いをゼロにする。


「なっ⋯⋯えっ!?」


 隙だらけだ。


 いきなり俺が眼前に現れ、驚きから動きを止めた盗賊に向け、俺は剣を振った。


 初手は左肩から右脇へと、心臓を断ち切りながら通す。

 次に腰の部分を横から両断し、上半身と下半身が分離。

 最後に剣を持ち上げ、先ほどと同様、頭蓋から股下へと一気に斬り下ろす。


 一息で繰り出した三連撃。

 盗賊の身体はバラバラになり、地面に積み上がった。

 剣を虚空でもう一振りし、血を払う。


 過剰演出だが、それを見て、後に続いていた盗賊たちは足を止めた。


「なっ⋯⋯一瞬で⋯⋯」


「なんかやべぇぞ、コイツ⋯⋯」


「お、お前先に行けよ」


 動きを止めた盗賊たちは取りあえず放置し、冒険者達へと向き直る。


 冒険者たちもまた、ポカンとした様子で切り分けられた盗賊を眺めていた。

 俺が「んっんー!」と咳払いすると、はっとしてこちらを向いた。

 その様子を見て、営業トークを再開する。


「見てください、この剣! 今、人体を三回、それぞれ骨ごと断ち切りましたが、刃こぼれ一つしてません!」


「あ⋯⋯あの、あなたは一体⋯⋯?」


「私の事はともかく⋯⋯この剣、凄くないですか!?」


「は、はい、あの、凄いです⋯⋯ね?」


「ですよねっ!」



 最後となるイエス取りが終わり、盗賊達へと向き直る。


「では──どれだけ斬っても刃こぼれしない事を、これから証明致しましょう」












─────────────────────




 盗賊の掃討が終わり、俺は冒険者たちへ最後の商談──いわゆる『クロージング』を始める事にした。


「見てください! これが王都にて不世出の鍛冶職人、ベルン氏が造った剣です。あれだけの──」


 死屍累々、野晒しになっている盗賊たちを指差しながら、俺は説明を続ける。


「十を超える数の人体、それぞれ三カ所以上を斬ったにもかかわらず、刃こぼれも、剣が曲がったりもしておりません!」


「はい、あの⋯⋯」


「何かご質問が?」


「あ、いえ、質問はありますが、その前に⋯⋯」



 冒険者パーティーの代表らしい、最初に助けた戦士然とした男が、俺に頭を下げた。


「ご助力、感謝致します。私はBランクパーティー『白竜の輝鱗』リーダー、ハイドンといいます」


「ハイドン様ですね! 私は──」


 そこまで言って、はたと気付く。



 ──なんて名乗るべきなんだ?


 そうだよ。

 すっかり考えから抜けちまってた!


 名前を考えておかないと、営業マンなのに自己紹介できない!


 マズいぞ!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る