第7話 【下界の女神】に襲われる

「わかりました。それでは、エスコートよろしくお願いしますね。」


 バクバクする心臓を無理やりに抑えつけて、ボーっとしそうになってる頭をむりやりに働かせて、必死に余裕な態度を彼女に見せつつ彼女に返答する。


「承知いたしました。それではこちらへどうぞ。」


 ちょっと声が震えた気がするけどばれてないだろうか。ばれててもばれてなくても演技し続けるしかないんだけれども。


 とにかく予約していた個室まで彼女を案内する。その間にいくつか仲間に向かってハンドサインを送っておく。


「こちらでございます。お飲み物をお取りして参りますが、何になさいますか?」


「飲みやすい白ワインをいただけますか?」


「承知いたしました。それでは部屋の中で少々お待ちください。」


 そう言って彼女を個室に通した後、カウンターまで飲み物を貰いに行く。お酒なんてまだ数種類しか飲んだことがないから全く分からないが、マスターに聞いたらそれっぽいものが出てきた。ちなみに、俺はただの炭酸水を選んだ。仕事中だからってのもあるけど、まだ酔っぱらったことないからうかつに知らない人の前で酒飲めないんだよね。


「失礼いたします。お待たせいたしました。こちらレインボーテイルです。」


「わあ!ありがとうございます!このお酒私大好きなんですよ!」


 少し子どもっぽい表情をしながら大げさに喜ぶ【下界の女神】。


(可愛すぎるだろっ!!)


 大人で妖艶な雰囲気を周囲にまき散らす絶世の美女が、そんな無邪気な顔をしたら世の男性がどうなってしまうのかこの人は分かっているのだろうか。もしかして分かってやっているのか⁉だとしたら、もう相当まずいかもしれない。もうだって彼女がどんな性格でも許してしまいそうになってるもん。うん。


「それでは改めて自己紹介からしていきましょうか。私の本当の名前は明かせませんので、ここでは【ブローカー】とお呼びください。とある組織に所属しておりまして、今回はその活動の一環であなたとお話しすることになりました。時間にしましておよそ20分ほどと考えておりますので、どうぞよろしくお願い致します。」


「ご丁寧にありがとうございます。本日はお招き誠にありがとうございます。私の名前はクロエと申します。【下界の女神】と呼ばれておりますが、現在は下界の第1から第3エリアしか支配下に置いておりません。まだまだ未熟者ですがどうぞよろしくお願いいたします。」


 お互いの自己紹介が終わる。本当ならここから世間話を挟みながら本題に行く予定だったのだが、割愛して本題から話始めることにする。だって、早く終わらせないと、理性が爆発しそうなんだもん。


 だってそうでしょ?机を挟んで対面に座っているとはいえ、狭い密室で美女とふたりっきりで話すのは思春期の男にはきつすぎるよ。クロエさんの透明感とつやのある白い肌がまぶしすぎるのよ。


「早速ですが、本題に入らせていただきます。今回私がお聞きしたいのは二つ。『下界の戸籍を作成することが可能か』『下界の人間を我々が一部引き取らせていただくことは可能か。』ということです。この点いかがでしょうか。」


 かなり漠然とした質問を投げかける。この質問自体は特に組織から依頼されているものだとかそういうものではない。この問題を通して彼女の想像力、論理力、下界での影響力を測ろうと自分自身で考えたものである。と同時に、俺の密かに考えている計画が進められないか確認しているのである。


 一応しっかり仕事はしてるんだよ。


「それではお答えさせていただきます。結論から述べると下界の戸籍を作成することは可能です。ただし、私の管轄エリアのみという条件は付きます。それからすでに一部の戸籍の作成は済んでおります。ちょうど現在技能の把握も同時に進めることで、下界を効率的に作用させることができるよう企画実行しているところでしたので。ですので、一部の人間を引き取るといったことも効率的に行うことが可能です。しかしその際は私を介して行っていただきたいと考えております。また、他の2エリアはどうなのかという点ですが、現時点ではそのエリアの戸籍を作成することはできません。そして、そこにいる人間が急にいなくなった場合、あちらのエリアの支配者から目を付けられることになるでしょう。……私からは以上です。」


 す、素晴らしい!二つの点を簡潔にまとめ上げる力も素晴らしいが、何よりこちらの意図をしっかり読んでいるのが素晴らしい。俺が戸籍を作りたい理由と、引き取る対象の二つを予測しているが、その両方が当たっている。


 それに、下界の人間の将来を考える優しさと思慮深さ、俺のようなたかが仲介人にも敬語を使う謙虚さ公平さ、自分のできることできないことをしっかり把握している点、最後に協力的で、建設的な会話をしようとしている点。

 

これは、文句なしで合格だな。


「なるほど。貴女様のご慧眼誠に御見それいたしました。本日はもう少し問答が続くことを予測しておりましたが、どうやら私の思慮が足らなかったようです。私からはこれで以上となりますが、貴女様からは何かございますか?」


「そうですね。……その、あのぉ、つかぬ事をお伺いするのですが、私のことはお好きですか?」


「ブフォッ!」


 思わず飲んでいた炭酸水を床に吹き出してしまう。え、え⁉本当にどういうこと⁉


「そ、それから、今彼女はいらっしゃいますか?」


「ングフッ!ゲホッ、ゲホッ、フハッ!」


 もう体内から出すものなさ過ぎて過呼吸みたくなったわ!


 ってどういうことだよ⁉なんで今まで生きてきた中で最も美人だと思う女性からアプローチ受けてんだ⁉しかも何で彼女は頬を赤らめてくねくねしてんだ⁉胸が、胸がぷるぷる揺れて目に毒なんだが⁉もしかして、ゆ、夢か⁉それならまだ何とか……


「ねえ、どうなんですか?」


「ウヒィッ!」


 クロエさんが俺の席の隣に座って俺の腕に彼女の腕を絡めてくる。え、本当にどうしたんですか⁉もう頭パニックになって変な声出てしまったんですけど⁉……あ、やべぇ、柔らけぇ。


「いや、その、もちろんあ、あなたのことは、その、す、好きというか……。」


 もう本当に勘弁してくれ!!緊張して声も小さくなっちまったし……って、なんで顔を赤らめてさらに近寄ってくるんですか⁉


「聞こえませんでした。もっと大きい声で言ってください。」


「ハヒッ!」


 今度は俺の耳元まで近づいてきて囁き声で俺に話しかけてくる。も、もう、本当にやめて。声が甘すぎて脳がとろけそうだし、形のいい胸がむぎゅっっと潰れてより強調されて……。も、もう無理。頭が……ボーっと、して、きた。


「しょ、しょの~、しゅ、しゅきです。」


「ふふ。よくできましたね。よしよし。」



―――ちゅ



「ふぇ⁉……はぁぁん。」


 俺はクロエさんに左腕を胸に押し当てられながら、右手を頭に回されてよしよしされながら、耳元で甘い声で囁き声を脳に直接流されながら、最後に頬にキスまでされて……。


 幸せ過ぎて、気を失ってしまうのだった。




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