第25話 再び…

次の日――




「ヒロ君…」




社長が橘と一緒に巧の病室にやってきた。




巧は一般病棟に戻ったがまだ意識が戻っていなかった。




「巧…まだ目を開けないんですね…」




「えぇ…美優ちゃんはどう?私まだ彼女に会ってないんだけど…」




「…美優は…ずっと布団で寝ている状態で…ご飯も食べてくれなくて…」




「そう…」



「ウッ…」




「兄さん!?」




「巧!!」




巧の唇が動き出し、まぶたが少しづつ開いた。




「みゆ…う…」




「兄さん!!」




「巧…あぁよかった…」




「美優は…?」




「美優は病室に…兄さん!?」



巧は動かない体を一生懸命動かしてベッドから起き上がろうとする。




「兄さん…」




ヒロと社長と橘の三人で巧の体を支え、車椅子に乗せる。




ヒロが車椅子を押して美優の病室まで巧を送り届ける。




“ガラガラガラッ…”




「美優…」




美優は体を起こした状態でベッドの上で窓のほうを見ていた。




巧は車椅子から立ち上がり美優を抱きしめる。




「美優…」




巧は美優をギュウッと力いっぱい抱きしめた。




「本当にごめん。」




「…痛いよ…離して…」




「悪い、つい…」




巧は体を離し、美優にキスをしようと顔を近づける。












「いや!!」






「え?美優どうした?」












「………あなた誰?」











「……………え……?」










美優はそのまま精密検査などをしてもらった。




「脳には異常は見られませんでした。ただここ最近いろんなことが重なってショックが大きかったと思います。」




医師が巧に美優の検査結果の内容を話す。




「カルテをみると、彼女は以前もあなたのことだけ忘れているようですね。」




「あ…はい。」




「今回もあなたのことだけ忘れています。ほかのことはキチンと覚えています…非常に申しあげにくいのですが…」










「あなたのことを思い出すのはかなり難しいと思います。」










「はぁ…」




巧は医師に言われた最後の言葉が頭の中でグルグルになっていた。




“ガラッ…”




「あははは、そうだったっけ?」




部屋の中ではヒロと美優が談笑していた。




しかし巧が部屋の中に入ると笑顔の美優が一気に怯え出した。




美優はそばに座っているヒロの腕をつかみ、ヒロの後ろに隠れようとしていた。




その姿を見て巧はショックを受けた…




「何しにきたんですか?」




「何しにって…」




「ヒロ、この人変態なんだよ。私に抱きついてキスしようとしたんだよ!部屋から出て行ってください。」




「美優…この人は俺の兄さんだよ。」




「…え?兄さん?」




「ルイだよ。小さい頃一緒によく遊んでたんだよ。」




「…」




「美優、今ちょっと兄さんのこと忘れているんだよ。」




「…お兄さん?」




美優はジロリと巧を見る。




「日向巧って名前で俳優しているんだよ。美優は兄さんと結婚してたんだ。」




「え!?結婚!?」




「そう、だから兄さん美優にああいうことしたんだよ。」




「…」




美優は黙って思い出そうと頭を回転させていた。




「…やだ~これドッキリ!?」




「だって、いくらヒロのお兄さんとはいえ、私が芸能人と結婚とかピンとこないよ~それにさ…」




「それに?」




「結婚指輪していないもん。私結婚したら結婚指輪するのずっと夢だったんだもん。結婚していたら絶対結婚指輪していると思う。」




美優は左手を上にかざし見つめた。




「結婚指輪は…」




あの日、カメラマンともめて落としてしまい、どこに行ったかわからなかった。




“ガラッ…”




巧は美優の病室を出て行った。




「兄さん!?」




ヒロは追いかけようとするが美優がヒロの腕を引っ張る。




「ヒロ、まだここにいてよ。行かないでよ。」




「……うん。」




ヒロは巧のことが気になりつつも、もう一度椅子に座り美優と話し続けた。




「喉渇いちゃった。」




「じゃあ売店で買ってくるよ。」




「じゃあ、私も行くよ。病室にこもりっきりじゃ暇だもん。」




売店へと一階へ一緒にヒロと降りると、窓ガラスの向こうで巧が外でウロウロしていた。




「…兄さん?まだあんまり動いちゃいけないのに…」




「あの人何してるの?」




「…きっと指輪を探しているんだと思う。あ…」




巧は看護婦と医師に話しかけられた。




「頭打ってるんだからまだじっとしていてほしいよ…」




「頭打ってるの?どうして?」




「…美優とこの病院の屋上から落ちたんだよ。」




「屋上…」




美優の頭の中でその日のことがフラッシュバックしてくる。




「……痛いッ…」




美優は頭を抱えながらヒロにもたれる。




「美優!?ごめん!もう今日はここまでにしよう。病室戻ろう。あとで飲み物買ってくるから。」




「…うん。」




私あの人と本当に結婚してたの?




どうして思い出せないの?




どうしてあの人のことだけ忘れているの…?



次の日――




ヒロは午後から大学にいってしまい、美優は暇で仕方なかった。




「売店でお菓子でも買おうかな…」




売店へと下に降りると看護婦達が窓ガラスを見つめていた。




「…?」




美優も看護婦達の視線の先をみると巧が外で結婚指輪を探していた。




「結婚指輪探しているんだって、あの日向巧が。」

「なんだか意外だよね。」

「いいな~私も日向巧に愛されてみたい~」




「…」




美優も外に出て巧に近づいてみた。




「あの…」




「美優…」




「看護婦さんたちがあなたみて色々話してますよ。それにまだあなたも安静にしていたほうがいいんじゃないですか?」




「人がどう思うが別にいい。それより一日も早く結婚指輪を探したいんだ。」




巧の手は土まみれになっていた。




(芸能人なのに…)




美優も指輪を探そうと座り込んだ。




「俺が探しておくから、お前は部屋で寝てろ。」




「いいよ…安静の人に言われたくないよ。」




「…少しは思い出したかよ。」




「全然…でも指輪をみれば思い出せそうな気もする。」




そういって美優も巧も必死に探していたが、婦長に見つかりその後怒られてしまった。




“ザァァァァッ…”




次の日は朝から雨が激しかった。




部屋の中にいても雨の音が鳴り響くぐらいだった。




「さすがに今日は探してないでしょ…」




そういいながらも不安になって下に美優は降りてみた。




「…うそ……」




巧は雨に打たれながらも指輪を探していた。




美優は傘をさして巧のところへ駆け寄った。




「何やってるの!?風邪引いちゃうよ!」




敬語で話をしていた美優だったが、なぜだかこの時は敬語がでなかった。




美優は巧に自分がさしている傘を差し出す。




1つの傘に二人で入ると距離が近かった。




(この顔…この瞳…)




雨に濡れて巧の髪の毛からは水が滴り、美優の顔にもかかるぐらいの近い距離――




ブルーの目が美優の動きを…雨の音まで止めそうなぐらいの目力だった。




「あのッ…」




「どうして?どうしてそこまで指輪を探すの?」




「美優に…一日でも早く思い出してほしいから。」




そう巧がいうとブルーの目が今にも泣きそうな目になった。




“ドキッ…”




美優は胸が締め付けられるのを感じる。




(この感覚…どこかで…)




「明日!明日は私も一緒に探すから!今日はもう雨だし中に入ろう!」




「だけど…」




巧は眩暈がして美優のほうへ倒れ掛かる。




「大丈夫!?とにかく部屋へ戻ろう!」




美優は巧の腕を自分の肩にかけ病室へと連れていく。




“トクン…トクン…”




美優の耳に巧の心臓の音が鳴り響いた。




(この心臓の音もどこかで…)




美優は思い出せそうで思い出せない自分が悔しかった。





美優は巧を病室へ連れていくと看護婦さんたちが駆け寄ってきた。




「どうしたんですか?」




「あ、ちょっと眩暈があるみたいで…」




「じゃあ、検査って雨にぬれてますね!まず着替えから…」




看護婦さんたちが巧を連れていってしまった。




(待って!行かないで!)




「…ッ」




クリスマスの思い出がフラッシュバックしてくるが、映像が写真のように出てくるだけで、すぐ消えてしまう。




美優が自分の病室へ戻るとヒロが来ていた。




「ヒロ…」




「兄さんのとこに行ってたの?って濡れてるよ?」




ヒロがタオルを取り出し美優の頭をふく。




「思い出せそうなのに…思い出せない…」




「美優…ゆっくりでいいんだよ、ね?ちょっと横になろう。」




「うん…」




雨の音が子守唄のように聞こえて、心地がよくてそのまま眠ってしまった――

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