ヤンデレギャルの誕生

 世界が反転した。

 ここがもしゲームの世界だったら、背景がモノクロに暗転する演出が入っていたところだろう。


『僕のためにしししし……死ぬ!? そんな、どうして………』


 時田さんは、この愛が叶わぬのなら死んでもいいと、そう告げている。


 しかし、驚いたは驚いたけど、完全な不意討ちというわけではなかった。ヒントは至る所にちりばめられていたからだ。


 いままで感じていた、いくつかの特徴。僕との運命を一途に信じて疑わないところや、人懐っこさ、メッセージの頻度、なるべく長く一緒にいたがるところ…。


 これまでは、それを全部〝ギャル〟という要素にしていた。『ギャルだから、そんな行動に出るのだろう。今風の女子だから、僕では到底、理解の及ばないところがあるのだろう』と。


 だがそれは間違いだった。本当は全く別な要素が、その後ろに隠れていた。

 明るくて社交的なイメージのギャルから、最も遠いと思われていたもの。それは――。


 ヤンデレ。


 ヤンデレとは?

 日本で生まれた、人間の性格類型を表す言葉の一つである。

 相手をすごく――病的なほど――愛していることを表す、『病んでる』と『デレる』との合成語だ。


 元はゲームやアニメで使われていた言葉らしいのだが、次第に広まって、日常生活でも使われるようになった。特に恋愛に関する話題で、耳にすることが多い。


 ヤンデレ傾向のある人間の特徴として――彼ら/彼女らは、一度好きになった相手に、異常なほど執着する。


 恋愛がうまく行っている時は順風満帆じゅんぷうまんぱんだ。恋人想いな、理想のパートナーであるとさえ言えるだろう。


 だが、好きな人の愛が離れそうになると事情は一変する。好きな人を失うのではないかという不安からパニックに陥り、様々な問題行動へと発展する。愛する人こそが彼らの人生の中心であり、生きてゆく意味であるからだ。


 一見、軽そうなギャルと、愛の重いヤンデレは、対極に位置するように見える。


 だが、事実は小説より奇なり。現実はアニメよりファンタジックなり。

 ヤンデレとギャル。この2つが奇跡的に組み合わさった存在――それが、時田みいななのた。


 これまでの奇妙な行動は、すべて、僕を愛するがゆえだったのだ。


「―――ッ!」


 僕は教室を飛び出すと、彼女が待っているはずの場所へ走った。廊下を抜け、階段へ。


 この校舎は来たばかりでまだ慣れてないが、屋上はとにかく上にあることは確かだから、迷わずに済んだ。

 踊り場をすぎると案の定、屋上へ出る扉があった。時田さんが開けたのか知らないが、鍵は掛かっていなかった。僕は扉を開ける。


 街を見晴らせる場所。そこに1人、横たわる少女の姿があった。


 左右で低く結んだ髪は今流行りの、淡いブロンドが毛先へ向かうにつれ桃色になっていくオンブレ・カラー。ミニスカートから伸びる足には、だぼついたルーズソックス。

 ネットでの写真うつりを気にする今の若いコから、初代ギャルブームをくぐり抜けたおっさんまで。幅広い人気を博しそうな、時代を超えた女子高生ルックは――。


 そう、時田さんだ。その彼女が、ネコのように丸くなって、屋上に倒れていた。


「時田さん――!」

 急いで走り寄る。


 元から短かったスカートはめくれ、白くて清い中身が完全に見えていた気がするが。僕の方は『もしや飛び降りと見せかけて……服毒!?』という心配にかられていたため、それを堪能できるような状況ではなかった。


 時田さんを抱き起こした。顔を近づけてみると……大丈夫、息はあった。

 息というか………寝息?


「んっ……う。あげピー…?? ここは天国、、? うち、死んだの……?」

「いや。生きてるよ」


 言って、微笑んで見せた。「そうなんだ」と時田さんは僕の手の中で嬉しそうに、カーテンから漏れる朝日を浴びた時みたいに目を細めた。


「時田さんに、伝えたいことがあって来たんだ」

 僕は、ここに来た理由を告げる。


「!? い……イヤッ…!!!」


 前後の事情を思い出したらしい。彼女は急に身を引き剥がした。


「言わないで……ききたくない…。聞きたくないよ……」


 時田さんは背を向けると、しゃがみこみ耳を塞いでしまった。さながら事実を直視しなければ何も起こらずに済むと信じる、幼い子供のように。


 あのクラスでは明るく見え、人によっては不良っぽく誤解されることもある時田みいなが……ウソのようだ。なんでこんなことに?


 いや、答えは単純だ。僕が原因で、こうなっているのだ。だから彼女を何とかできるのも、僕だけなのだろう。


「まだ、ナニも言ってないよ」


 後ろから、肩に手を置いてみた。一瞬ビクッとしたが、それで両手の力が緩んだ。


「さっきやっと、机に入ってた手紙に気がついてね。読んだよ。あれから、考えてたんだけど――」


 僕が近くにいることで、落ち着いてきた時田さん。自ら手を耳から離すと、僕が言おうとしていることを察したらしい。


「あ……。それはゴメンなさい…。あの手紙は、気にしなくていいから」


 そう言いつつも、本心でないのは明らかだった。いつもは、にらめっこかっていうくらいジッと僕の顔を見つめてくる彼女が、目を合わせられずチラチラ逸らしていたからだ。


「あたしあげピーと、も一回っかいちゃんと話したかっただけなの。今日だけはどうしても、あの席に、同じように座ってることできなくて。

 でも、想いは届いたんだよね……。あげピーが来てくれたってことは、あたしの気持ちは本当だって分かってくれたってことだよね?

 なら、もう大丈夫だから。明日からまた、友達で大丈夫!」


 時田さんは笑おうとしたが、苦笑いになっていた。

 よく見ると目の下にはうっすらクマさえ出来ていて、昨日あれから、僕のことでどれだけ悩んでいたかがしのばれる。


 それでも僕にできるのは、やっぱり自分の気持ちを素直に、正しく表現することだけなんだろう。

 だったらもう、おそれずに始めよう。他ならぬ時田さん自身が。もう一度、そのチャンスをくれたから。


「いや、それだと僕が良くないよ。あの時断ったのは、付き合うのがイヤだったからじゃないんだ。なんていうか、その…」

「……?」

「あんまりに急で、信じられなかったんだ。時田さんみたいな女の子が、僕を本気で好きになるってことが」

「なっ……なんで? こんなに…こんなに好きなのに!?」


 時田さんは愕然がくぜんとした表情で言った。『時田みいながあげピーを好きであること』は、それくらい、彼女の中で自明の前提になってしまっているらしい。


 問題は、ヤンデレの愛の深さが一般人の僕には想像できず、計り知れなかったということだが……。それはこれから、ゆっくり計っていくことにしよう。うん。


「だから少し、きみの気持ちを受けとめる時間が欲しかっただけなんだ。言ったはずだけどな。まずは友達から始めて、待って欲しいって」

「う…うん、言ってたけど……。

 あげピー優しいから、うちを傷付けないように、そういうふうに断ったのかなって思ったの」


 ふ、と思わず笑いがこぼれた。そこには呆れも含まれていたけど、それ以上に、微笑ましさが溢れ出たのだった。


「考えすぎだよ。残念だけど俺、そんな駆け引きができる人間じゃない」

「じゃ。じゃあ、友達からっていうのは、本当に、時間が欲しかっただけで……?」


 そう。残念ながら、僕はそんな器用なことができる人間ではない。


 恋愛にお決まりのけ引きなどしても、どうせ嘘の自分で塗り固めるだけなら、それは、来たるべき破綻を繰り延べるだけだろう。

 だから手紙を見てすぐ、その差出人の元へ、こうして駆けつけた。できることなら、ありのままの自分を見せたい。


 だって。


「僕も時田さんのこと、好きになりはじめてるんだと思う。

だから、付き合おうって話――こちらこそよろしく。これからの学園生活を、時田さんと一緒に過ごさせてくれるかな?」


 ☆★☆★☆★☆


 帰り道、ふたりの間に言葉は少なかった。


 初日の入学式に辿ったのと、同じ道を歩く。

 陸橋の上に差しかかった。その下の国道を、今日あったことなど何も知らない自動車が通っていく。


 今日もまた、日が沈む。昼と夜とが合わさり、夜と朝とが交わる時間。夕暮れだ。あるいは――


「トワイライト、だね」

「うん」


 時田さんが呟き、僕が答えた。思わず足を止め、遠くを眺める。建物の合間で霞む日が黄金の光をいて、僕らの門出かどでを祝福していた。


「……ねぇ、あげピー。そのまま、夕焼け見てて」


 ふと、僕より前に立っていた時田さんが、戻ってきて、


「え? どうし――…っ。………」


 ほんの、一刹那いっせつなだけ。

 僕は女の子と、うまれてはじめて、唇が重なった。


 ――勇気を持てば、世界が変わるという。

 でも、いくら勇気を出したって、やっぱり同じことになるって例は、至る所にあるわけで。


 だとしたら。


 幸せになる為に必要なのは、いまここにある、愛情オドロキを受け入れる勇気なのかもしれない。――








「あのね、あげピー」

「ん?」

「あたし、実は彼氏が出来たの、はじめてなんだー」

「そうなんだ?」

「うん。で、もし誰かと付き合ったらね、

『うちゎもう、その人しか愛さなぃ!』って、ずっと思ってたの」

「………。そ……そうなんだ?」

「うん! だから、まぁ昔のことなんだけどさ、

 やっぱ学校生活だけじゃなくて。卒業した後も

 結 婚 とか、できたらマジ………イイよね?♡」


「―――!?!?!?!?」




 つづく

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