第18話 バルカ帝国の内乱と逃亡種族。

 ナルト王国の征服を企んで、4万もの軍勢で侵略し失敗したバルカ帝国では、1年半もの間その事実を知らなかった。

 というのも、艦隊の船が全て沈められ、又は中小破で沈没を免れた船も拿捕されてしまい、本国への報せようがなかったからだ。

 征服軍の艦隊が全滅し、4万もの軍勢が敗退し、捕虜となって鉱山の労役を課されていたことが判明したのは、捕虜達が開放され帰国してからだった。

 1年間の労役を終えた捕虜達は、食糧だけを持たされて、ナルト王国から最短の大陸海岸である魔の森の北側で釈放された。

 それも、2万人近い人数であり船の数が足りず、数百人ずつ数ヶ月に渡って行われたのだ。

 もちろん、魔の森が安全な訳がない。捕虜達は持ち物の食事用ナイフで、貧素な弓矢や槍を作って武器にしたが、魔獣に通用するはずもなく、半数近くの者達が帰路に命を落とした。


 そうして、捕虜の第一陣が帰国して初めて、敗戦が知らされたのだ。

 この間、バルカ帝国も手をこまねいていた訳ではなく、侵攻開始から半年後には2隻の船を偵察に送っていた。さらにその半年後にも。

 しかし、全てトリアス王子の指揮する艦隊により、海の藻屑とされていたのだ。

 侵略を主導したバラキ公爵達は、船が帰らぬことから、薄々は沈められたのではないかとの推測もあったが、奇襲であったから少なくともナルト王国に上陸できたはずで、4万もの軍勢が簡単に敗れるはずがないと考えていた。



 捕虜達が帰国して、侵略が失敗したことを知った侵略反対派貴族達( 王子派 )は、口々に、バラキ公爵の失策を非難し責任を追求した。

 これに耐えかねたバラキ公爵は、王子派貴族を力づくで黙らせるべく反乱を起こし、これが国を2分する内乱状態を引き起こした。

 バルカ帝国は、多種多様な民族の集合国家であり、東部は大草原地帯では多くの遊牧民族が暮らしていた。

 その大半は、バラキ公爵を支持する好戦的な遊牧民族であったが、唯一、女族長のラピタが率いるモコウ族だけは、侵略に反対した穏健派だった。

 そのため、内乱が起きるとモコウ族は周囲の種族から、真っ先に攻められて逃亡を余儀なくされていた。


「ラピタ様、もうこれ以上東へ逃げても海に阻まれ、船がなければ逃げること叶いませぬ。」


「 • • • 。行こう、南へ行こう。それしか逃げ道はない。」


「なんとっ、南は魔の森ですぞ。恐ろしい魔獣がうようよしていると聞きまする。」


「ナグル。他に逃げ道はあるか。海岸に追い詰められれば一族全滅ぞ。降伏しても奴隷にされ悲惨な未来しかない。

 たとえ、一族の大半が死のうと生き残る者があれば、一族は滅びぬ。違うか。」


「はあ、分かりました。南に向いましょうぞ、我がモコウ族の未来のためにっ。」



 こうして、モコウ族2千人余りは魔の森へと足を踏み入れたのである。

 隊列の前後を騎馬の戦士達が護りを固め、中央に家畜の羊を連れた女子供が徒歩で進む。

 夜のうちに密かに魔の森へ入り、東の海岸に沿って南下を始めた。

 東へ追い詰めていたはずのモコウ族が忽然と消えた。斥候の戦士達から報せを聞いた遊牧民の部族長達は、何がどうなっているのか分からず混乱するしかなかった。

 せっかく多くの奴隷を手に入れれる機会だと思っていたのに、どこへ消えたというのか。




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 魔の森に入って3週間が過ぎていた。

 この間、魔獣熊や魔獣狼に襲われたが捕虜達の帰還と違い、弓や槍の武器を持つ強みで数匹の魔獣熊を多勢で取り囲んで倒し、また、群れの魔獣狼も羊達が襲われて被害が出たが、一斉に火矢を射掛るなどして撃退した。

 海に近いを進路を取ったせいか、幸い強大な魔獣に会わずに済んだ。


 そうして、わずかに噴煙を上げる休火山の麓に辿り着いた一向は、柵で囲まれたそこに斜面を削り取っている人々を発見したのである。

 こんな魔の森の奥深くに人がいるなんて。驚きながらも、先導する戦士長のナグルが近づき話し掛けた。

 作業をしていた人々も、こちらに気が付き、警備の兵士らしき者達が応じた。


「我らはバルカ帝国から逃げて来た者だ。貴殿達はいずこの民でござるか。」


「俺達は、トランス王国のグランシャリオ領の領民だ。ここで石灰石の採掘をしている。

 あなた達は、逃げて来たとのことだが、どういう事情か。」


 そこでナグルがこれまでの経緯を話し、理解した警備の者達は、領主のグランシャリオ候爵に報告するとともに、モコウ族の人達を宿営所に案内して、備蓄してある食糧で炊き出しをしパンを焼いて鍋の食事を振る舞った。

 魔の森の逃避行で疲れ切っていたモコウ族の人々は、柵で囲まれた安全な場所に辿り着き、ホッとし、また振る舞われたパンと料理の美味しさに驚嘆していた。


 一方、報告を受けたグランシャリオ候爵は、ただちにモコウ族の保護を決断して、多数の船を迎えに出すとともに、羊の群れを連れている遊牧民と聞き、牧場の東側に急遽ゲルを建てて受け入れの準備を指示した。

 そうして8隻の中型漁船が二往復してモコウ族の二千人をグランシャリオ領に迎え入れた。



「グランシャリオ候爵、この度は私達モコウ族の民を受け入れてくださり、感謝致します。」


「ラピタ殿、よくぞ、ご無事で魔の森を抜けて来られた。さぞかし、苦難の道であったはず。 

 我らは、侵略戦争に反対し逃亡を余儀なくされたモコウ族の皆さんを、我が領民として受け入れますぞ。

 聞けば、モコウ族は遊牧の民であるとか。

我が領内でも羊を飼育しております。その他に牛や山羊なども。

 何も心配は入りません。少し時間は掛かりますが、草原地帯に新たなモコウ族の村を作りましょうぞ。」


「何から何まで、ありがとうございます。我ら一族を救っていただいたご恩は、このラピタ、生涯忘れません。」


「ははははっ。領民が増えて、こちらとしては大歓迎ですぞっ。まずは、ゆっくり身体を休めなされ。我が領内に危険などありませぬぞ。」



 親交を深めるため、族長ラピタと重臣達は、領主館に滞在することになった。

 まずは、用意した部屋に案内され、大浴場に入って逃避行の汚れを落とした。

 そのあと、食事となったが胃に優しい柔らかな食事が用意されていた。


 他のモコウ族の民達も、牧場にある大浴場に案内され、順に汚れを落としたり、新しい着替えを支給されて、胃に優しい食事を供された。

 寝る場所はゲルだが、モコウ族のゲルよりも広く暖かく、おまけに贅沢な羊毛布団と厚地の毛布があり、感激していた。

 

「ねぇ、ねぇ、母さん。もう、旅はしなくてもいいの?」


「そうよ、これからはここで暮らすのよ。

 チャミルとテジンは落ち着いたら、この国の子供達と一緒に学校でお勉強よ。」


「えっ、なにそれ。勉強は母さんが教えてくれるんじゃないの。」


「うふふ、お友達がいっぱいいるわよ。美味しい給食もあるそうよ。」


「うわぁ~、皆んなと遊べるの? すごく楽しみっ。」


 ちなみにグランシャリオ領の学校は3才からであり、保育の3年間と教育の9年間である。

 食いしん坊の女の娘チャミルは、給食で食べる毎日違うパンや麺類をおかわりし、午後に出るおやつの饅頭や餅菓子が大好物である。

 弟のテジンは保育過程にいて、美人の先生が読み聞かせる紙芝居が大好きな少年だ。

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