第12話 グランシャリオ領の新正月風習。

 グランシャリオ領に戻って、新年を迎えた。

この世界は、キリスト教もないからクリスマスもないし、神社もないから初詣の風習もない。

 第一年末年始の休みもなかった。暦は何故か太陽暦で日本と同じで日曜日だけ休日だった。

 働き過ぎだよって思った俺は、父さまと話し合い、今年から土曜日を隔週で休日にし、新年最初の三日間をお正月として、休日と決めた。

 休日に商店などが商売をすることは構わないが、働いた者には代替休日を与えるように布告を出した。


 正月は本来、新年の最初の月をいう呼称だ。 

 トランス王国には宗教がなく、教会もないが自然崇拝の風習があり、山や森の入口、海を望む岬などに花や食物が供えられている。

 別に祭壇というのが決まっている訳ではないが、人々が思い思いに供えているだけだ。

 もっとも、グランシャリオ領は、数年前まで貧しく、野花が供えられる程度であった。

 祝日として、休日ではないが、10月1日がトランス王国の建国日として王都では式典などが行われているが、地方では関係がない。


 俺は、新たな正月の風習を作るべく、除夜の鐘ならぬ新年を告げるベルを鳴らした。

 ベルは、災害などを告げるために、領主館の四方の塔に備え付けたものだ。

 また、館の門に門松ならぬ竹筒と花の鉢植えを飾った。竹はそぎ切りである。

 そして、鏡餅に似せたパンを二枚重ねにして部屋に飾った。その意味は、食物に飢えることなく新しい年を過ごせますようにとの願いだ。


 年の暮れの夕餉は、寒いし俺の気分でお汁粉を作った。餅は小麦粉で作った餅だったが。

 でもまさか、そんなものまで正月の風習として広まるとは夢にも思わなったよ。

 元日には、領内の子供達を集めて、凧作りを教え、凧揚げ大会をした。参加した全員に賞品を与えてね。

 正月の空に、多数の凧が舞うのは見応えがあって、町の人々が皆んな見とれていた。

 余談だが、この凧揚げは『皆んなの願いを、天に届けるんだよ。』なんて言ったものだから、『願登り』と言われるようになった。


 新年の初日の出は、俺とシルバラの二人だけで拝んだ。だって、幼い妹達や除夜のベルまで酒宴をしていた父さま達を起こすのは、可哀想だったから。


「シルバラ、寒くないかい?」


「大丈夫よ、ジルが作ってくれた羽毛のジャケットがあるから。これとっても暖かいわ。」


 最近、シルバラは俺をジル呼びだ。いつの間にか、ジル君ではなくなっている。


「去年は、いろんなことがあったね。あり過ぎて思い出すのも大変だよ〜。」


「うふふ、ジルのキャプテン姿。かっこ良かったわよ。でも知らないけど、海賊って皆あんな格好なの?」


 その指摘はつらいっ。この世界にいる海賊は規模も小さいし、普通の漁民とかだ。俺の漫画の先入観念が、先走ってしまった。


「うん、まあどうかな。お金持ちの海賊かな。あははっ。寒いから、戻ろうか。」



 凧揚作りとか、俺の作った『冒険すごろく』とか、妹達といっぱい遊んだ。

 トットは、シルバラに甘えてべったりだし、セルミナは俺に甘えている。

 二人とも俺達がいない間、さみしかったようだ。妹達はお土産のもふもふの着ぐるみを着てご機嫌だ。

 セルミナは銀狐の毛皮、トットは白うさぎ、ミウは黄縞の猫の着ぐるみだ。

 なぜか、母さまは侍女達とお揃いの羽毛ジャケットに不満顔だ。まさか、着ぐるみが欲しかったのではないだろうな。




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 ナルト王国の王城では、ナルト王がシルバラ王女からの手紙をトリアス王子やベクト宰相、それに大臣達に披露して、制度の改正について話していた。


「ふむふむ。お正月でございますか。新たな年を祝う儀にございますな、それを休日としてしまうとは。それに『門竹』に『重ね餅』でありますか。なんとも風流なことで。

 それで陛下、我が国も正月の儀をなさりたいと?」


「うむ、国民揃って新年を祝うのは、国の発展を願う気持ちを一つの形にすることじゃ。

 それから、暦じゃが我が国の月の暦をトランス王国の太陽暦に変えようぞ。これから交流が深まる二国が違う暦では、約束事も煩わしくていかん。

 それに休日も同じにせねば、いずれ民達から不満が出るぞ。」


「休日は日曜日と隔週の土曜日でございますか。なるほど、祝日は我が国の記念すべき日に定めるのでありますな。」


「父上、グランシャリオ男爵に聞きましたが、休日を増やすことで民達の余暇が増え、買い物や外での食事の機会が多くなり、金銭の流通が活性化するのだと説明されました。」


「私どもも普請の折に、ジル殿から休憩時間を設けること、休日にしっかり休ませることで、作業の効率が上がるのだと伺いました。」


「陛下、これは是非にも取り入れるべきことですな。必ずや王国のさらなる発展の一助となりますぞ。」


「皆も賛成のようじゃな。宰相、詳細を詰めよ。そして、本年4月から実施せよ。」


「父上、お正月の制度も取り入れるのですね?  

 であれば、我が国の伝統を取り入れた祭儀にすべきです。霊山の神を祀り、貧しい者や障害を持つ者達に施しをするなどして、民達に融和の心を養いましょう。」


「おぅ、殿下。それは良い考えですっ。民達の助け合う気持ちを養うことは、この国にとって基盤となることでございましょう。」


「おお。なんだか、わくわくして来ましたな。我らが新しき伝統を作り出すのですな。

 大きな戦いがあった後です。民の心を安寧に導く良い機会になりましょう。」



 こうして、ナルト王国の暦がトランス王国の暦に統一され、お正月の伝統が生まれた。

 ナルト王国でも除夜の鐘がベルで鳴らされ、鏡餅は米の餅の二段重ねで、門松は寸胴の竹と梅の枝が飾られた。

 そうして、新年二日目の日には、住民達が近隣の貧しい人々を訪ねて、餅や料理、生活洋品などを贈る習慣が生まれた。

 それは、年中続くこととなり、住民達の助け合いのきっかけともなった。

 もちろん、そんな人々の実態把握にも役に立ち、国の保護や支援の向上に繋がった。

 

 ナルト王国では、春の種蒔きが終わった後と秋の収穫が終わった後に、春植え祭と収穫祭の祝日が設けられ、各々二日間の休日となった。

 一日でなく二日間となった訳は、深酒をした男達への配慮だったらしいが、おかげで妻子達もゆっくりできる休日となった。

 二日酔いの男達を置き去りにして、妻子達で春と秋の森や公園へピクニックに出掛けることが定番となった。

 地域によっては、住民集団で馬車を使って行くところもあり、子供達にはピクニックの日と認識されたのである。


「お母さん、どうしてお父さんを置いて行くの?」


「うふふふっ、いつも働いているお父さんに、ゆっくり寝てもらう日だからよ。」


「でも、いつもいびきをかいて寝てるじゃんっ。大人になるといっぱい寝るのかなぁ。」


 大人になるまで、子供達が抱く素朴な疑問なのでした。

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