十三 手をつなげば



 硬直した健に代わって、宏樹が乗り出した。


「川、もう増水してんのか。上流で降ったんだ」

「山の奥で」

「子どもって何人?」

「一人だった」


 童子は言葉遣いに気をつけているのかポツポツとしか話せない。だが真剣な様子に、他の生徒もチラチラとこちらを窺っていた。とうとう上級生の男子が声をかけてきた。


「どうした、上野」

「あ、先輩。なんか川の中洲に取り残された子がいるかもしれなくて」

「まじか。おい、俺らも様子見に行くぞ!」


 宏樹の陸上部の先輩だったらしい。体格のよい友達を呼ぶと、先輩四人と宏樹がさっさと走り出してしまった。

 健も童子と一緒に駆けながら、いったいどうしてこんなことに、と頭は疑問で一杯だった。


「すまぬ、タケル」


 走りながら小声で言うのは確かに童子で、健は安心した。


「そのカッコ、どうしたの」

「神社の常世とこよが破られたのじゃ。タケルの所へ行けと神籬ひもろぎを持たされて出てきたのじゃが、化け狸の子が泣いておって……」

「子どもって、狸?」


 童子の言うことは半分もわからなかったが、とりあえずそこは確かめなくてはいけない。先輩達まで動かして、子狸だったら目も当てられない。


「人のなりはしておる。狸だろうと、子どもは子どもじゃ」


 そこに異論はなかった。


 足の遅い健と童子を、宏樹が振り返って気にする。そりゃ陸上部員達についていけるわけがないのだ。

 先輩達はもう河原におりて行ってしまい、「いたぞ!」「女の子じゃん!」と言う声がした。子狸は変化へんげを解いてはいないようだ。


 必死で追いつくと、先輩の一人が通報の電話を掛けていた。だが救助が間に合うかどうか。しかもこれは内緒だが、救助しても狸になってしまうとかどんな冗談だろう。


「人間の鎖でいこうぜ」


 一人が提案して、全員がうなずいた。こちらの岸から手をつないで川を渡り、支え合いながら助ける。まだ細い流れだ、六人いりゃ届く、と先輩が言った。

 六人。その頭数に自分も入っていると気づいて健は再び青ざめた。

 そりゃ元々童子が助けを求めたのは健なのだし、男子としては外されるのも微妙な気分だ。だが。


 川は恐い。水も恐い。あの時以来、河原におりたのも初めてだった。


 唇を噛んでいる健を見て、宏樹が駆け寄った。


「わっちゃん大丈夫か。無理すんな、俺らでなんとかなるよ」

「ううん」


 健は意を決して顔を上げた。恐いことは恐い。でも、やらなくちゃ。


「僕の友達のことだ。僕がやらなきゃ駄目だよ」


 宏樹はまじまじと健を見てから、ニッと笑った。


「よし、やるか。俺が手ぇつかんでてやるからな」


 岸に並んで、六人は手をつないだ。

 一番軽い健が川を渡って子どもの所までいくことになってしまったが、健は勇気を奮って「やります」と答えた。


 ひろ君がつかんでいてくれるから、きっと平気だ。


「おーい、今からこの兄ちゃんが迎えに行くからな、大丈夫だぞー!」


 後ろから叫んでくれる先輩の声に押されて、流れに足を踏み入れる。流れは増して急になっているのだろうが、普段を知らない健にはわからなかった。


 大丈夫、みんながいるから大丈夫。子狸も待っているから、できる。

 健はつないだ手と泣きそうな子狸だけに意識を集中して流れを渡り、中洲に片足をかけた。


「よっし、ギリギリ届いた。おいで!」


 健の手首をしっかり握りしめてくれていた宏樹が、健を引き停めて子どもに声をかけた。

 おいで、と言われて子狸は健に飛びついてくる。片手で抱えられる重さなのは、やはり狸だからなのか。


 要救助者の回収を確認して人間の鎖はゆっくり戻った。その途中、子どものスカートからチラリと尻尾がのぞいていて、健は慌ててささやいた。


「しっぽ」


 子狸は、ぽふん、と姿を直した。

 きっとこの子も、ものすごく怖かったのだ。






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