十 狸の八畳敷
おいでなすったな、とシシとコマが目を細めた。親分もまた人に化けているが、童子は相手がどんな姿でも気にしない。
「おや中沢の親分さんか。久しいの」
「おゥ、座敷わらしは変わらんなァ」
さらりと挨拶をするが親分の興味は健だけに向いている。ずずい、と健の前に進んで睨みつけると、ニヤリと笑った。
「俺ァ、中沢で親分と云われてるモンだが―――俺が何者だか、わかるかな?」
「はい?」
健は面食らった。それはなんのクイズかなぞなぞか。童子がキョトンとして横から口を開きかけるのを、シシが制する。
「童子、何も言うんじゃないよ」
「そう、人の子の
親分は楽しげにニヤニヤする。いきなり謎を吹っ掛けられた健は困惑して周りを見た。
童子は心配より不満が勝った顔だし、シシはお手並み拝見、としている。コマにいたってはただ面倒くさそうにしていて、明らかにこの「親分」は歓迎されていなかった。
仕方なく健は考えた。
この
中沢というのは、この神社から下りた沢の辺りで、山や森が大部分。浅い沢には河童も
この前お詣りしていた
考えろ。考えろ。
健は知っていることを総動員して熟考した。童子と知り合ってから日本神話や妖怪についてもいろいろ調べたのだ。
考えろ。考えろ。
悩んでいる健を見て、親分は意地悪く笑った。もみじの木の下まで行って、何の術かパンと
「座ってゆっくり考えてくれて構わねェ。少し早いが、
健はそちらに二、三歩行きかけて、はたと止まった。
―――ああ、もしかしたら。
「ざーさん、ちょっとこれ、貸して」
健は童子に耳打ちすると、先ほど贈ったイガ栗をそっと受け取ってつかつかと親分の蓙の脇まで行った。イガを持った腕を、スッと蓙の上に伸ばす。
「これも置いといていいですか」
勢いよくしゃがんでイガ栗を置こうとする健の仕草に親分が息を飲んだと思ったら、ボンッと蓙が消えた。
健は嬉しそうに笑った。
「狸の親分さんですね」
「―――なかなかえげつねェ事をする子じゃねえか」
地面に
狸の金玉八畳敷き。
俗にそう言うが、さっきの蓙はそこまで大きくはない。だが狸がそのように陰嚢を広げ、そこに座った者を化かす話はたくさん伝わっている。健は最近そういった妖の話ばかり調べていたので、蓙を出されて引っ掛かりを感じたのだ。
狸が化かせず失敗するバージョンでは、煙草の灰を落とされたり針を刺されたりで痛い目にあう。なのでちょうどあったイガ栗を試した。それがドンピシャだった。
「中沢の山にいる妖っていったら、木霊か狸かなと思ったんですけど」
こんなに町に近い所に住んでいて、人に化ける動物といえば狸ぐらいだ。狐はもっと山に入らないといない。
「木霊にしては生き生きしてるし、べらんめえって感じで格好いいから狸かなって思ったんです。うちのおばあちゃん任侠映画が好きで。親分さん、そういう雰囲気だったから」
「おおそうかァ? おまえわかってるじゃねェか」
答えに至った筋道を説明する健に侠客っぷりを褒められて、化け狸の親分はすっかり調子に乗せられていた。
狸なんてのは基本、お人好しで化けるのが好きなだけの悪戯者にすぎない。
「タケルはただのタラシじゃない。人タラシだぞ」
親分を綺麗に丸め込んだ健を見て、シシがささやいた。コマが憮然としてうなずき、童子は不安そうにする。
そんなにいろいろとタラシ込んでモテる男では、今後が思いやられるというものだ。
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