一 石座神社の座敷わらし


 十月最初の日曜日。和地健わち たけるは久しぶりに戻ってきた小さな町の、懐かしい神社の石段をのぼっていた。


 古びた石段は昔と変わらないが、背が伸びた健はトントンと軽快に足を運べるようになった。よいしょ、とのぼりおりしていた頃もあったものだが。


 最後にここに来たのは、たぶん八年前だ。五歳の夏、祖父の葬儀の日。

 大人達は健が石段の下で泣き疲れて眠っていたと言うが、健自身はここをのぼったような気がしている。そこで、誰かに会った。


 石段の途中で振り返る。

 両脇から枝を張るくすのきの隙間からスコンと高い秋の空が抜けていて、遠く南にはうっすらと海が見えた。ざわざわとした町の生活音が漂ってくる。

 記憶にある蝉時雨せみしぐれは、今は聴こえない。


 あの時、健は確かに女の子に会った。泣きベソをかく健をなぐさめ、笑みを向けてくれた。暗がりで、二人きりだった。


 その記憶があまりに異界めいていて、それから健は神社に寄りつかなかった。夏祭りなどで来る機会はあったはずだが、健は尻込みした。神隠しをおそれる、幼子おさなごの本能のようなものだろう。

 そのうちに父の転勤でこの町を離れた。


 だが再びの転勤で町に戻った現在、健はもう十三歳。

 魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする異界よりも、勉強や規則、社会生活に世界情勢などの現実の方が馴染みが深い。それにそんな化生けしょうよりも人間の方がよほど始末が悪いこともままあると知った。

 神の内である年齢ななさいもとうに過ぎ、地に足が着いている今ならもう、ここに来てもいいような気がしたのだ。


 石段をのぼり切って鳥居をくぐった健はぐるりと境内を見回した。大きくもないお堂が一つあるきりの、簡素な神社。

 小笹にもみじ、桜の木。何も変わっていないように見える。

 時が止まっている如く。


 お堂を振り向いた健は、ビクッとなった。お堂の正面の階段に、女の子が座っている。さっきは誰もいなかったのに。

 女の子は柿色の地に白や黄檗きはだの小菊が散った着物を着ていた。健と目が合うと、赤い鼻緒の草履をサッと鳴らして女の子は立ち上がった。


「しばらくね、タケル」

「――――――あの時の、子?」


 嬉しそうに笑う顔と揺れる長めのおかっぱ髪に覚えがあった。

 でもこの子は小学一年生ぐらいにしか見えない。あの時と、変わっていない。


「お祭りにも来ないと思ったら、ずいぶん大きくなった」

「えっと・・・転勤で、五年ぐらい他所よそに行ってたから」

「ふうん、人は大変じゃ……じゃなくて、大変だよね」


 健は普通に会話してしまう自分に驚いていた。この子はきっと、人ならぬ者だというのに。それが証拠に本人も「人は」と自らと一線を画して言っている。

 だが健はこの子が怖いとは思わなかった。


「前に会った時、君は自分のこと教えてくれなかったよね。君は誰?」

「だーれだ?」


 ニッと笑う顔と声に、記憶が蘇る。そう言われて拗ねて怒って、そのまま寝てしまったんだ。

 健は懐かしさに目を細めた。


「いいかげん教えて。君は誰?」

「私は、座敷わらし。この神社に居着いている座敷わらし」


 八年前と変わらぬ子どもの姿で笑いながら、童子わらしは明かした。





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