第11話

       ◆


 過酷な一週間が始まった。

 俺とヌダ、ルザはスタンドアッパーを一台でも使えるようにと奔走したが、一方で俺が見ていないところではディアナが獅子奮迅の活躍を始めた。

 アムン解放軍は少しずつ後退しながら、しかし徹底的に敵対勢力のアムン統一戦線を退け続けた。それはほとんどすべて、ディアナの功績だった。

 彼女が鹵獲し、俺が整備したフェンリルⅢ型は、最初こそ苦労したようだが、最高級の操縦士であるディアナが操縦し、その技術を学んだ機体の人工知能は、この旧型の機体に異常と言ってもいい性能を発揮させた。

 七日間の間にこの一台で、敵のスタンドアッパー二台が大破し、三台が鹵獲された。

 俺は既に手元にある廃車と言ってもいいスタンドアッパーを直す作業から解放され、鹵獲した三台の整備作業に駆り出された。大破した機体からも部品が回収され、あまりの忙しさにもう何日が過ぎているのか把握できなくなる頃、アムン解放軍は四台のスタンドアッパーを休みなく運用するようになっていた。

 四台はどれもフェンリルⅢ型で、それは俺には都合が良かった。機種が違おうがメーカーが違おうが、なんとか部品を融通する技術はあるが、手間は手間だ。

 俺が休めないように、ディアナも休めなかっただろう。その点では、俺の方がまだ自由だ。整備したスタンドアッパーが全部出払ってしまえば、少しは休める。しかしディアナは休息のために拠点に戻っても、敵が押してくれば即座に対応しないといけない。

 もっとも、俺はスタンドアッパーを送り出してからも、トレーラーなどの車両から古びた機関銃まで、ゲリラ兵どもに頼まれればありとあらゆるものを整備してやっていた。

 ルザも疲れを隠せなくなり、仕事が終わると丸まって寝ている場面が何度もあった。まるで小動物のようだが、可愛らしいなどというのは場違いだろう。少年をここまで酷使しなくてはいけないのは、間違っているはずだ。

 ヌダはといえば、兵士として過酷な環境で長く過ごしているせいか、短い睡眠時間でよく働いている。俺も体力には自信があったが、このゲリラ兵も負けず劣らず、体力自慢だ。ゲリラ兵たちが俺とヌダの腕相撲で賭博をしようとしたことすらあった。

 ともかく、アムン解放軍は一週間で活動範囲を狭くしながら、驚くべき速度で戦力を増していた。

「反転攻勢も近いんじゃないでしょうか」

 ゲリラ兵の乗るスタンドアッパー三台を送り出した時、ヌダが近づいてきてそう耳打ちした。俺は彼の方を見たが、目が霞む。さすがに眠りたい気持ちで、返事もおざなりになった。

「反転攻勢も何も、スタンドアッパーが三台増えたところで、大して意味はないさ」

「敵に大打撃を与えれば、後退させられます」

 俺は目元を袖の比較的、綺麗な場所で擦る。作業着はすでに異臭を放っているが、着替えたり服を洗う時間もない日々だった。

「すぐに奪い返されるさ。スタンドアッパーは優れた兵器だが、実際には歩兵こそが主力なんだ。敵の拠点をめちゃくちゃにしても、相手は蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、また別のところで終結し、改めて反撃すればいいだけのことだから」

「ですが、物資を奪えます。焼き払ってもいい」

 かもな、と答えながら、俺は整備のために確保された一角へ歩く。

 そうなのだ。物資は重要だ。人がいれも、装備がなく、食料がなければ闘えない。

 アムン解放軍でも物資不足は否めない。武装勢力たちはどこで物資を入手しているのだろう。そのことは聞いてみたいところだが、おおよそは推測できる。

 ゲリラ兵が負傷して重傷を負うと、泣き叫んでいるのが不意に途切れることがある。悲鳴は止んでも兵士たちは慌ただしいので負傷兵が死んだわけではない。

 モルヒネならまだ優しい。

 おそらく武装勢力たちは大麻かケシでも栽培しているのだろう。土地には困らないし、気候も悪くない。その麻薬を外国に秘密裏に売れば、それなりの資金にはなる。そうでなくても、物資と交換してもいい。食料、衣類、医薬品、弾薬。

 そもそも、元を辿ると武装勢力同士が戦うのは、土地の奪い合いや思想や信条、宗教、宗派であるように見えて、経済を一手に握りたいという願望があるのかもしれなかった。

 麻薬という奴は現代社会における一大産業なのかもしれない。当事国の当事者に限らず、他国の表に裏に、大きな影響を与えていると想像もできる。

 俺は寝床にしている場所、と言っても物資が入っていた木製のコンテナの上に上がり、寝転がって空を見上げた。

 この日も良く晴れている。

 今もディアナやゲリラ兵たちはどこかで命をかけているのだろう。

 俺はといえば、安全な場所で、彼らを待つだけだ。

 そして、命からがら帰ってきた彼らを迎え入れ、また死地に立たせるための道具を用意するのが仕事なのだ。

 それはまるで、死んでこい、と背中を押しているようだった。

 実際には生きて戻って欲しいはずなのに、やっていることはそれとは正反対だった。

 武器を捨てろなどとは言えない。

 むしろ武器を取ってもらわなければ、俺にはやることなど一つもないのだ。

 もしこの戦場が何らかの形で消滅したら、俺はどうするだろう。命を拾って、生きて逃げることができれば、また別の戦場を探すのだろうか。

 武器を売る物を、死の商人、と呼ぶ人間がいる。

 では、武器を整備している俺は何なのだろう。

 死の演出家、だろうか。

 くだらないな、と思いながら目を閉じる。ゲリラ兵たちが騒いでいる声が聞こえる。

 はるか遠くでかすかに、低い音が聞こえるような気がしたが、気のせいだろうか。

 ディアナは傭兵として戦場に立って、何を感じているのか、気になった。でもどうせ、訊いたところで教えてはもらえないだろう。

 彼女が何を感じ、それをどう解釈し、飲み込んでいるかは、全て彼女だけのことだ。

 彼女のやり方を俺が知ったところで、俺が彼女と同じ心理を持てるわけではない。

 俺のことは俺自身が、決着をつけないといけない。いや、決着をつけて、つけて、つけて、繰り返し決着をつけ続けないといけない。

 誰かを戦場へ送り出すとき、自分の眼の前で人が倒れたとき、銃火が周囲に吹き荒れたとき、そういう全ての場面、その都度都度に、自分を納得させるしかないのだ。

 ディアナを、ゲリラ兵をスタンドアッパーに乗せることは、なんとか飲み下せそうだ。

 しかしこの戦場は、何かがおかしい。

 ブブは何かを知っている。他にも何人かは知っているだろう。しかし全員が知っているわけではない。

 危険な兆候だ。

 俺自身も危ない。知りすぎること、踏み込みすぎることは生命に直結する。

 連中からすれば、俺を射殺してそこらに捨てることなど、朝飯前だ。別にどこかから俺の生死に関する問い合わせがあったとしても、戦闘中に姿が見えなくなった、と言えばそれで済む。別に雇われの整備士の最期など、誰も深入りしてまで知ろうとしない。

 日差しの中、蒸し暑い空気に包まれながら俺は小さく呻いた。

 都会の空気が懐かしかった。エアコンの吐き出す冷気も、空気清浄機を通った柔らかい空気も、排気ガスの匂いも。

 ここには草木の濃密な匂いと、もったりとした感触と、オイルの匂い、硝煙の匂いしかない。

 ため息を吐いて、そんな空気を俺は吸い込んだ。

 もう一度、ため息を吐きそうだった。

 遠くで重い音が定間隔でする。スタンドアッパーの足音だ。

 仕事の時間まで、もういくらもないだろうと思いながら、俺は短いと知りながらも眠りの中に沈んでいった。



(続く)

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