第46話 親友の披露宴



 ────時刻は、午後2時。


「浩介しゃん、先に送っていってくれんか」

 正人の母親の言葉を聞く。


 俺たちは新郎新婦を隣町の神社に置き去りにしてくる。今日はさくらの芽がほころぶハレの日。きっと、ふたりで神前式の爽やかな余韻に浸りたいだろう。式の精算もあるしお邪魔虫となるのは嫌だった。


 彼女の言うように車椅子を押して実家にやってくる。披露宴の始まりは三時のはずなのに、そこにはすでに大勢の人が集まっている。中には神前式に出れなかった新婦の友人たちもいた。


「新郎新婦は遅いなあ……」

 誰かのそんな呟きが耳に入る。


 ここではすでに料理が出され、飲めや歌えの祝宴となっている。これは正人の母親の粋な計らいらしい。けれど、披露されるべき主役たちの顔が見られない。ところが、とんでもない奴らまで参加していた。


「おい、お前たちまでどうしたんや」


「あっ、ヤバイ。兄ちゃんに見つかった」


 田舎の世界は狭いもの。妹は金髪な男に寄り添っている。彼氏と正人は野球部つながりだという。妹の彼氏曰く、正人は卒業しても母校野球部の面倒まで続けていたという。


 彼の実家は古いながらも由緒ある旅館。中庭には竹垣で囲まれる手水鉢、鹿ししおどしもあり、小滝の水音や葉が擦れる音色が耳に届いてくる。ここに来るのも高校卒業以来だ。すっかりご無沙汰していた。


 しばらくして会場内に明るく爽やかなメロディが流れてくる。いよいよ新郎新婦の主役たちが登場だ。けれど、正人の手には破魔矢が握られている。それはお札と合わせて家に飾ることで知られる魔除けの道具である。仲間たちから冷やかしの言葉が彼らに飛び交う。


「遅かったじゃねえか」


「どうせ、神社の裏手でイチャイチャしていたんやろう!」


「もう3人目の赤ちゃんを射止めるのか? ヒューヒュー」


 2人はそんな洗礼を浴びて、顔を赤く染めてゆく。そんな彼らの姿が晴れがましく思え、俺は羨まし気に見ていた。


「ちゃうちゃう! 急用が出来たんや」

 正人は新婦と頷きながら弁解してくる。


 暫くして夕日が落ちる頃を迎える。酒が進み、皆の披露宴の余興イベントも終わり宴もたけなわを迎えてゆく。時刻を見ると、まもなく五時となる。そろそろ賑やかな宴もお開きの頃かなと思っていた。

 ところが、正人は俺がひとりになるのを見計らったかのように、赤子をあやす新婦のもとを離れ、俺のそばに近寄ってくる。


「さっき、急用が入ったと言うたやろ」


「ああ……それが、どうした?」


「会わせたい人が待っているんや」


「えっ、誰や? ………」

 それ以上言葉にならない。


「五時に約束しとる。浩介も抜け目ねぇ奴やなあ……。そうならそうと言ってくれ。黙ったまま、中庭に行けば分かるって。 今度こそ、幸せになれよ!」


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