第33話 クリスマスの点灯式


「点灯式を見ていこうや。初めてやろう」


「点灯式って、なんや?」


 外に出ると悪友たちから聞きなれない言葉が飛んでくる。俺はその意味を知らなかった。けれど、半分は方言なまりのおちょくり。学生仲間は口が悪いのだ。


「最近、どうかしているぞ。お前、モグラか。単位を取ること以外、何にも関心ないのだから。クリスマスツリーのイベントやろ」


「まだ、元カノの呪縛じゅばくに囚われたりして」

「掲示板に書いてあったじゃねぇか」

 

 男連中に揶揄からかわれてしまう。隣には可愛い女子学生3人組もいるのに。何故か皆でうなずいていた。


 いつもなら近くの居酒屋へ直行するというのに、今日だけは違っている。女性陣からも誘われてしまう。


「ねえ、そうしようよ。来年は見れるか分からないから」


「点灯式か……」


「浩介、良いでしょう」

「まあ……いいか」

 

 百合から言われたら断れない。この女性は俺が元カノと別れた事情まで全てを知っていた。異性とはいえ、ただひとりの心許す友。否、少しニュアンスが違う。

 別れた女性、映見えみの親友だと言った方が正解に近いだろう。


 彼女はショートカットの髪がとても似合う女性だ。いつもはダークのスキニーパンツを履きニットの上に白いダウンジャケットを羽織りキャンパス内を闊歩する。スカートなど履いた姿を見たことがなかった。


 しかも、揺れ落ちる銀杏の葉がトップスに付いても嬌声をあげることなく、あまりにサバサバし過ぎるタイプ。だから、これまで異性として意識したことは一度もなかった。少なくとも俺はそうである。


 早くビールが飲みてぇと思いながら、この場は仕方ないと諦めるしかなかった。

 ────学生生活はまもなく春で4年目となる。昨年も一昨年もこのクリスマス時期に、キャンパスには残っていなかったことを思い出す。 “ごめんなさい”という懺悔である。


「点灯式はね…………」

 

 百合いわく、毎年12月になると、キャンパス正面にそびえる、夫婦のようなペアのヒマラヤ杉にイルミネーションが取り付けられる。在校生には見慣れた光景となるが、通りすがりの人には珍しく美しい光景だという。


 この電飾の飾り付けは、聞くところ戦後まもない1949年頃から始まったそうだ。樹齢は一世紀、樹高約25メートルの木にあかりが灯る様子は、大学界隈の欠かせない冬の風物詩となるらしい。俺は恥ずかしながら初めて知ることになる。


 今日はその点灯式の当日。

 もう少しで大切な事を忘れるところ。


「まもなく点灯式が始まります。学内に残る学生は正門前にお集まりください」


 放送が届く。俺は仲間たちと肩を並べて正門前の芝生に立ち尽くしている。

クリスマス実行委員会のメンバーが駆け寄りスタンバイ状態となる。廻りを大勢の学生たちが取り囲む。そこには懐かしむ大学OB・OGの姿も見受けられる。


 先頭のリーダーから「3・2・1、点灯」の掛け声がかかると、1,100個以上もの色とりどりのイルミネーションが暗闇に斉しく輝いてゆく。集まる人々から盛大な拍手が送られてくる。いつの間にか、百合が隣に寄り添っていた。


「おお……綺麗だ」

「うん、本当ね。このまま、ずっと輝いていて欲しい」


 こんな景色、美しい儀式のあることすら知らなかったことが、恥ずかしくなってしまう。続いて百合から耳元に思いもかけないささやきがされてきた。

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