第29話 至福のルミエール


 週末となり天気の良い日に、自分との約束どおり横浜の街へ足を運んでゆく。今日は神さまから揺らぐ気持ちを見透かれたように強い秋風が吹いてくる。


 降りたのは「桜木町」初めての駅。


 その手には風で飛ばされないよう手紙がしっかりと握られている。沙織が住む街からは『港が見える丘公園』が近いと書いてある。


 そうだ。彼女の住む所は海街うみまち。この言葉の響きが好き! どこまでも、沙織は海に縁があるらしい。


 まずは、その公園を目指して歩く。緑豊かな「霧笛橋」を渡ると南の端に近代文学館の建物があり、『森鴎外展 -近代の扉をひらく』の案内がされていた。ひと目覗いてみたい欲求に駆られるが目的地に急ぐ。

 花を愛でる高尚な趣味はないが、周囲にはピンクやオレンジ色のバラが咲き、都会では珍しい風車まで見えている。

 

 少しだけ離れた視界が開ける展望デッキにやってくる。眼下には横浜港、目線の先にはベイブリッジが一望できる。地番を見ると横浜市中区山手町114。沙織の住所は山手町180-4。まだ、かなり離れているので、Gグルマップの案内に従い、裏手側の坂道を下りてゆく。


 目に入ってくるのは芝生が綺麗な2階建ての白い建物『イギリス館』

 次にマリンタワーが視界に入り、色鉛筆を立てたようなお洒落風の結婚式場に立ち止まる。この先は上り坂と下り坂の2つの分かれ道となっていた。いつも、俺の人生には分岐点、運命の分かれ道が多い。


 Gグルマップよ、お前が頼りだ!

 出番だよ。教えてくれ!


 どちらに進もうか迷うがあえて上り坂を選ぶ。しばらく歩くと、一軒の外国の国旗がたなびく看板が見えてくる。


 店名は『山手 Lumiere』

“ ルミエール ”とは光、あかりのはず。


 近づいてゆくと、レンガ造りのカフェレストランだった。ガラス窓を覗いてみる。お昼時で混雑しているのか、大勢の女性客の姿が見える。皆は至福の笑みを浮かべ会話を交わしていた。ここは女性たちにとっての楽園なのかも知れない。そう思えてくる。


 一旦、諦めかけたが、店の住所表示を確認すると、沙織の住所となる山手町180-4。廻りを見渡しても外国風の建物ばかりで一般の民家は見当たらない。


 ひょっとしたらここがそうかも……

 沙織のお家?

 でも、カフェレストラン。

 見上げると、住居もありそうだ、


 ちょうどお腹が空いたので、客が減るのを待ちルミエールに入ることにする。 この辺りの銀杏並木にも紅葉が目立ち、黄色い葉がゆらゆらとくうを舞っていた。

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