第25話 家族との団欒


「浩介、百合子、ご飯ばい」


 母親の声が台所から届いてくる。そう言えば、あれ以来、親からお見合いの件に関して何も聞かれていない事に気づいてしまう。


「いま、行くから」

 実妹が億劫おっくうそうに返事をする。


「早うしなっせ。今夜は浩介んためにばっちゃんと一緒に腕ば振るうてご馳走ば作ったんやけん」 


 何故か、家族が取り囲む食卓には熊本名産の郷土料理がたくさん並んでいる。

 東京ではなかなか食べれない『馬刺し』熊本の夏の代表格『シャクの天ぷら』『鯛そうめん』『あゆの姿ずし』『太刀魚の塩焼き』『山スルメのきんぴら』等々。

 

 いずれも俺の好物となる懐かしいものばかり並んでいる。


 ホテルのディナーみたいな贅沢品ではないが、ここには何か温かいものが感じられる。祖父は亡くなっていたが元気な祖母の顔が見えて安心した。あとは父親を待つのみだ。ところが、その料理の数々を見ると、百合子が口を尖らしてくる。


「ああ……すごい。いつもはこんなご馳走見たこと無いのに」


「しょんなかやろう。3年ぶりに浩介が帰っとるとやけん」


 母親と実妹の何気ない会話バトルが続く。その言葉は母娘ならではのやり取りだ。少しだけ羨ましくなってしまう。


「お兄ちゃんばかりずるい」


「あたは、どうせ琥太郎こたろうしゃんの嫁に行くんやろう。向こうでご馳走になりなっせ」


「まだ、分からないもん」

 そこで、珍しくばっちゃんが口を挟む。


「百合子よ、男なんて慌てんちゃ良かばってん。あたみたいな女子でも男からすりゃ“ たで食う虫も好き好き”だ。これからも色んな男性に出会ゆるかも知れんのに」


「ばっちゃん、何言うとっとかわからん」


 実妹がまた唇を尖らす。きっと、意味が分からないのだろう。妹が虫も食わぬ顔をしているのに食われてしまうとは……。さすが年の功、祖母は無駄に飯を食っていない。俺はどちらを身びいきすることも出来なく、ただ押し黙ったまま笑いを押し殺していた。


「あた、早かったやなか」


 母親の向ける視線の先を見ると父親が立っている。その顔は上機嫌だ。お盆の段取りを決める町の寄合で酒を飲んで顔を赤らめていたという。戻るや否や口をひらく。


「典子しゃん、綺麗かったと。なあ、浩介。寄合でも評判になっとる。ばってん、おまえにはもったいなか」


「ああ……そうやった」

 半ばやけくそで返事をする。


「元気なかとぅ。ひょっとしたら、彼女に振られたんか。正直に言うてみぃ」

  男として悔しいけど、そのとおりだった。


「なら、なし、そぎゃん暗か顔しとっとや」


「まさかぁ。俺の方から断った」

 けど、負け惜しみを口にする。


「父しゃん、もう良かやろう」


 母親が、間に入り取り成してくれる。ところが、なんと妹が裏切ってきた。飼い犬に手を噛まれる。まさにそんな気持ちとなる。


「兄ちゃん、他に好きなひとが……」

「おい、止めろよ」


「だって、昨夜に寝言を聞いちゃったもん。それにここだけの話、典子さんにも他に好きなひとがいるから無理だよ」


 その言葉に母親は頷いていた。きっと先に妹から聞いていたのだろう。


 数日して熊本の最後の夜を迎えることになる。さっそく、百合子は彼氏と町の鎮守さまのお祭りに行き姿を消している。両親も盆踊りへ祖母を連れて一緒に出掛けている。俺は縁側でひとりして星空を眺めていた。



「ああ……良い天気だ」


 まだ、8月の初めだというのに晩夏の蝉、カナカナカナとヒグラシの哀愁の漂う音色が聴こえてくる。今夜は運よく満月の光が差し込んでいる。


 月あかりに織姫の顔が浮かんでくる。その姿は、名前こそ違えど、一夜飾りの銀河を駆け抜ける寝台特急で出会った “沙織” そのものであった。

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