第20話 悪魔の手まり歌

「浩介、起きたか?」


 翌日、憂鬱な気分で目が覚める。

 その声は父親のもの。まるで、うるさい目覚まし時計のように聞こえてくる。


 なんと、父親から何も食べないうちに身支度をさせられてしまう。目の前には俺が飲み干した牛乳瓶が寂しそうに転がっている。ところがである。居間からは楽しそうな両親の声が届いてくる。俺は柱の陰から気づかれぬよう覗いてゆく。


「あた、今日は千載一遇の吉日だこと」


「母さんにも苦労かけたけど、これで、我が家も安泰だ。よおーやりおった。なかなかの女狐や。めでたしめでたしやなあ……」


「もうすぐ、熊本に戻ってくるやろう」


 そこには昨日の青鬼・赤鬼の姿が消えている。居るのは囲炉裏を囲み、笑顔満開で言葉を交わす狐たちである。俺には、その言葉が恐ろしい悪魔の手まり歌のように聞こえていた。


「おい浩介。遅れるなよ」


 また、男狐の声が届く。 まんまと両親の策略にはまっていたことに気づいたが、時は既に遅し。冗談じゃねえ! こっちは踏んだり蹴ったり、もう腹ペコペコ。


 こんなこと、100年に一度だって嬉しくない。二度と熊本なんかに戻ってはこねぇぞ。 尾頭付きのご馳走が目の前にフラフラと浮かんでいた。

 

 ※

 会場は町一番の格式高い割烹料理屋となる「四季折々懐石八代かいせきやつしろ」だという。 頭の中で琴の音が鳴り響き鯛が踊り狂って重い足取りで向かう。軽やかなのは両親だけに感じてくる。



 ところが、現れた女性は…………

 俺の目の前に正座する典子は美しい。


 しかも、初めて見る和服姿。庭の青もみじに映える楚々とする女性だった。

3年ぶりに会うと、すっかり大人の女性の雰囲気が漂っている。思わず、「おい、典子。綺麗になったなあ」と声をかけたくなる。皆の手前、じっと我慢していた。



 当日の立会人仲人役は先方の叔母さんが務めている。式次第のスタイルは今時流行らない昔ながらの堅苦しいものである。


 仲人さん以外当人同士と各々の両親が揃って挨拶を交わす。そんな堅苦しいことはどうでも良い。ご馳走を食べ、時代錯誤の出会いが一刻も早く終わって欲しい。


 見合いの結果は、例えれば、1000年前の宴、古文書、源氏物語の紫式部がこの場に登場しても決まっている。もちろん、典子でもお断りだ。


 けれど、俺は────

 別なことも考えなくてはいけない。


 典子に対し如何いかにして断るかばかりを考えていた。女性ならば見合いで、「NO」と言われたら傷ついてしまうだろう。

 大切なのは両親が退席した後の時間となる。さっそく、全員が席につくなり、仲人さんよりご両人の紹介が始まってくる。


「本日はお日柄も良く、大願吉日。このような日に素晴らしきご両人がお会いできるのは願っても叶えられないこと。早く、このお見合いが結ばれることを仲人として強く願っております。それでは、まず、浩介さんの紹介からさせてください。高校球児で活躍して現在は東京の大学にて勉学一筋に励んでおります。それと、………」


 長い戯言たわごとに呆れてしまう。誉め殺しか? 勉強なんてしてねぇよ。学校帰りに毎日酒なら飲んでいるけど。聞いているだけで、こそばゆい。もうええ加減にしてくれと欠伸までしたくなる。


「新婦となる典子さんは優秀な成績で高校を卒業され、現在は地元の短大に通いながら、花嫁修業でお料理や生け花に努めておられます。ご覧のとおりの容姿端麗な上、さらには英語まで得意であり、いつでもご結婚の運びが整っているとお聞きしております。この上ないご両人………」


 典子もきっと笑いを堪えて下を向いていることだろう。こんな科白せりふは結婚式で何度か聞いたことがある。いつまでこんな偽り紹介が続くのか、一刻も早く終わって欲しいとひとり妄想にふけっていた。

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