第13話 一か月遅れの七夕


「ごめんね。もうやめよう、こんな話」

 沙織はすまなそうな顔をしてくる。


「せっかくの楽しい旅路をしんみりさせちゃうから。わたしにとっては訣別の旅。もう2年早いよねぇ。そろそろ踏ん切らないと。先方のお母さんも忘れてと言うし────」


 その瞼には涙が浮かぶ。


「こちらこそ、悲しい思いをさせてごめん。故郷で農業をやるのが嫌で一旦熊本を捨て都会に憧れて大学に入った。そこで、彼女が出来たけど1か月前に別れたばかりなんだ」 


 俺はわざと沙織に自分の失恋の話をしてゆく。彼女だけに辛い思いをさせる訳にはいかなかった。


「えっ、どうして? その子のことを好きだったのでしょう」


「ああ……その通り。彼女の母親が病気になり、仕方なく青森に帰ったんだ。つくづく俺は情けない男だよ。本当に好きなら一緒に行くべきだったかもしれない」


「若い時の恋って、上手うまくいかないもんだね。初恋は村の氏神様が嫉妬して邪魔するもんだと母さんが言っていたもの」


「ああーそうかもな。でも、ばっちゃんの話だけど、相手が本当に運命の人なら何処かでまた会えるって」


「亡くなったひとでも?」


「恋の神さまがキューピッド役ならそうかも知れない」


「何か、夢物語みたいでロマンチック」


 窓から外を眺めるとすっかり暗くなっていた。夜空の星を数えながら、突然に沙織が不思議なことを言い出す。



「もうすぐ、七夕じゃない。一ヶ月遅れの七夕。今頃、彦星は何処を彷徨さまよっているのだろうね。それとも、お盆に故郷へ戻ってくるのかなあ……」


「そうなんだ」


 故郷では8月7日に七夕祭りをする。

お盆前と言うのに、もう既に田舎の軒先には竹に願い事を書いた短冊がたくさん吊られているはずである。 


 かたや故人を偲ぶもの、一方は恋路の竹飾り。神さまは大忙しだと、幼い頃から不思議に思ってくる。いつしか、隣のご夫婦の姿は消えている。彼女に笑顔が戻ったのを知り安心していた。


「私たちって変だよねぇ。まだ会ったばかりなのにこんな話ばかりして」


「世の中にこんな可笑しな2人がいたって良いじゃないか」


「そうだね。わたしも可笑しな仲間入り」


「一か月遅れの七夕、実家の居間に残るいつまでも片付けない雛人形、恥ずかしいけど、こんなんじゃ嫁にゆくのが遅れてしまうのも当たり前。もう田舎に帰ったって良い男なんかいないし────」


「そんなこと、分からんやろう。いつ、運命の人が現れるかも」

「お互いさまだけど……」


 2人は手を叩いて笑ってしまう。俺は彼女に席を立つように促す。時計を見ると、9時半。もう直ぐ浜松駅に着く時間となる。あっと言う間に3時間が過ぎている。そろそろ戻らないといけない時間だ。

 

 少しだけ照明が暗くなり、車窓から見える景色は浜名湖の街並みが月明かりと共にキラキラと湖面に写りこみ輝いている。


 何故か、よく分からないが……今夜はいっぱい喋っている。

心地よい風が耳もとを通り過ぎる感じだけが残っていた。

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