ホントの夫婦

「アタシね。パルスから亡命してきたの。前国王が急逝して王位争いがひどい中、王弟であったお父様の部下が、命からがらアドガルムへ連れてきてくれたわ。暫くは平民として暮らしていたのよ」


あの後、ルアネドと少しだけ言葉を交わし、今は部屋を借りて二人きりだ。


ルアネドの護衛については、ティタンとティタンの護衛騎士が受け持ってくれる。

元騎士であるティタンも相当強いそうだ。




「伝えたいこと、いっぱいあるわ。全部聞いてくれる?」

メィリィは、当然だとばかりに頷いた。




ゆっくりとした口調でオスカーは語り始めた。


アドガルムに来て、名も身分も捨て、平民として暮らし、生活し始めた時は少しだけ安堵した。


もう血生臭い争いに参加しなくていいのだと。


しかし、内心葛藤もしていた。


「ルアネドとは仲が良かったから心配だったわ。だからいつか力を貸せるようにと、何とか王立学校に通ったわけ」


王族や貴族の通う王立学校に通うのは、平民では豪商などの一部の者しかいなかった。


だけど、アドガルムに逃してくれた父の元部下は、オスカーの為に養父となり、懸命に働いて資金を貯めてそこに通わせてくれた。




娘として。




「王位争いから完全に逃げるため、男であることも捨てたの。間違っても担ぎ上げられないように、他の者に命を狙われないようにね」


オスカーの本名はオズワルド。


そこからオズと変え、この国に来た頃に知り合った平民の女性の仕草や口調を真似し、学校でも大人しくしていた。


「訛がアドガルムのではないって言われて、その時は慌てて馬鹿正直にパルスから来た、って言っちゃったのよ。宝石の国から来たって事で最初はちやほやされたけど、平民で何も持ってないって言ったら、蜘蛛の子を散らすように皆から距離を置かれたわ」




そんな中、エリックに声を掛けられた。


話をしたいと、わざわざ個室に呼び出され、内密の話をされる。


「エリック様にはとっくに男ってバレてたわ。まぁ背も伸びてきていて、段々誤魔化すのが苦しいのもあったし。アタシもあっさり言っちゃった。第一王子の言葉に逆らうなんて出来ないし、間諜と疑われて殺されるよりはいいかな、と思って」


パルスの内政は悪化の一途だった。


従兄弟を助ける算段も、あの時は何一つ考えつかなかった。




「そうしたらエリック様が、自分の助けになるならアタシを助けてくれる、って約束してくれたの。そこからちょっと地獄だったけど」


オズという女性は、王子に不敬を働いたという理由で退学させ、新たに護衛騎士としてのオスカーを編入させた。


強引だったし、騎士としての訓練なんてしたことなかったから、すぐに体はボロボロになった。


死ぬかと思ったのは一度や二度ではない。


「酷いのよ。訓練も教養も滅茶苦茶なスケジュールで組まされて、休む暇も寝る暇もなかったわ。おかげであの頃は髪も肌もボロボロで、今みたいに余裕なんて持てなかったもの」

自分の髪をクルクルと指で巻いている。


「今だから言うけど、ちょっとね、本当に女性になりたかった時期があったのよ。男じゃなく女だったら、少なくとも、王位なんて関係ない位置にいられたんじゃないかなって、心底羨んでたのよ」


王族の男として生まれてしまったばかりに、両親も、実家も無くなってしまった。


アドガルムという、他国に行かねばならないとなった時は、胸が引き裂かれる思いだった。




「でも今は男で良かったと思ってる。男だから、あなたと家族になれた」

女同士だったとしても、親友にはなれたかもしれない。


しかしオスカーはメィリィと出会い、新たな夢が出来た。


自分の家族を作ること。




「残念ながら養父は病気で亡くなってしまって、アタシは一人になったわ。あなたが本当の家族になってくれれば嬉しい。男としての俺も、女になりたかったアタシも両方受け入れてくれるでしょ?」


オスカーは、華やかなドレスは本当に好きだ。


装いを変えれば新たな自分になれるもの、好きな自分がもっと増えることは、心がとてもウキウキする。



「可愛いものが好き、ドレスが好き、宝石も刺繍も好き。でも頑張る女の子はもっと好きよ、アタシを受け入れてくれた女の子なら尚更」


メィリィへ向けるオスカーの視線は、いつも穏やかだ。


「最初にお店で会った時にあなた、アタシの事を見てくれてたでしょ。好奇の目じゃなく、キラキラした可愛い目で。騎士姿で仕立て屋さんに入ったのは何回かあるけど、あの目は初めてだったわ」


ミューズのドレスを見て気になって店に入ったのだが、メィリィの反応は感じたことのないものだった。


「受け入れて貰えたようで嬉しかったわ。あの日、あの時、あなたに会えて、あなたを守れて本当に良かったわ」


自分の力で守れた人が、後の愛する人とは、オスカーは自分が誇らしかった。


「あなたの事業を守るための結婚と言ったけど、もしあなたがデザイナーを辞めたいと言ったら、尊重するつもりだったわ。作りたくなるまで待つつもりもあったし、もう作りたくないならそれでも良かった。でも物を生み出す人ってね、何だかんだでまた作りたくなるものよ」


確かにメィリィは、また作りたくなっている。

オスカーの針子達と協力して今回は作ったが、今度は自分の店で、また色々なドレスを作りたいと思っていた。


「その場所をアタシが守っていたかったの。それだけの力が、今のアタシにはあるんだもの。ねぇメィリィ、これからは何がしたい?何を望む?」


オスカーの問いかけに、メィリィは頭の中の散らばったものを集めていく。


「私は…いっぱいのドレスを作りたいですぅ。キラキラ笑顔の令嬢を沢山見たいの。私のドレスを着てぇ、自信を持ってパーティに参加して頂きたいですわぁ」




ミューズと初めて会った時も彼女はあんなにキレイなのに、自信がなさそうだった。


なのでドレスを変え、メイクを変え、友人として隣で一緒に参加した。


楽しい話題、楽しい雰囲気、ドレス以外にも様々な要因はあったと思うが、ミューズを笑顔に出来たのは良かった。


彼女の隣のティタンの存在も大きかったと思う。


愛する人が出来れば、男女関わらず心からの笑みが自然と溢れるのだ。


「その足掛かりになれればなぁと思いますぅ。そのようなデザイナーになりたいですぅ」

パーティというのは出会いの場だ。

多少なりともドレスは力になれる。


そしてオスカーがいるので、最近は男性の礼服作りも気になっていた。


オスカーのような男性に会えた事をきっかけにして、男性服の勉強もしていきたいと思った。

今回の作成もとても楽しかった。

オスカー以外にもぜひ着てもらいたい。


父や兄と違い、オスカーはお洒落や流行に造詣が深い。

話していて勉強になる。


何だかんだで似たもの同士だと思っていた。




「良い夢だね。求婚した時は離縁なんて言ったけど、本当の夫婦になりたいな…」


好きでもない自分に縛られないようにあぁは言ったものの、オスカーは最初からメィリィに本気であった。




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