第六話:決着編
その手のガチ勢の方、いましたらごめんなさい
鎧武者が僧侶の肩を担いで先刻別れた通路を進み、妨害もなく広い場所へとたどり着いた時。彼らは揃って絶句した。
陽光が降り注ぐその空間。洞窟の内部としては、異様に広いものだった。さっくり言えば、人を数百人詰め込める程度には広かった。事実、中央の通路を除いては人で埋め尽くされていた。しかし。
「……筆舌に尽くし難いとは、このことですな」
僧侶がようやく漏らした通り、人々は言うのも憚られるような姿となっていた。互いの性を貪り、耳目を塞ぎたくなるような痴態を晒していた。あまりにもな状況への頭痛と、各所の痛みによる熱にうなされながらも、僧侶は言葉を続けた。
「ですが、これにて確信しました。【でいもん様】というのは、
「……」
「そういうことですな。この場の連中は、悪魔をこの世に現出せしめようとしているのです」
僧侶は怒りをもって断言した。同時に、己の道行く先を見る。そこには、黒いローブに身を包んだ人物、黒に染められた逆さ十字架、そして姫君がいた。彼女は陰惨たるありさまを目にしているにもかかわらず、あまり動じていないように見える。さては一服盛られているのか。僧侶は痛みを堪えながら、思考を回した。
「……」
だが僧侶の思いを知ってか知らずか、鎧武者は僧侶を降ろし、弓をつがえた。あたかもそれが唯一の回答かのごとく、射線の先にローブの者を置いた。
「武者どの」
「……」
僧侶が声を掛けても、鎧武者は弓を下ろさない。なにかあれば即座に放つ。意志を明確に、敵勢にぶつけていた。しかしその時である。やにわにローブの者が、天へと向かって右手を掲げた。その瞬間。煌々と輝いていたはずの日輪が、突然として陰り始めた。
「これは!」
学を修めていた僧侶には、はっきりとわかった。日が突如として消え、昼に夜が来たるこの現象。すなわち、日食である!
「武者どの!」
痛みに響くのさえも無視して、僧侶は叫んだ。ここで向こう岸の者どもを止めねば、この世に祟るなにかが起きてしまう。そんな確信が彼にはあった。
「っ!」
ひょうっ、ふつっ!
鎧武者が矢を放つ。百歩どころではない距離を無視して、矢が風を切っていく。しかし黒ローブの者へとたどり着くかと思われた寸前、矢は推力を突然失い、地に落ちた。
「!?」
「っ!!!」
僧侶の驚きを無視して、鎧武者は抜刀した。そのまま通路をひた走り、十字架の元へと向かう。止める間もなかった僧侶はやむをえず、闇に染められていく場を見やる。すると、十字架の脇にうごめくものあり!
「……蘭学力場、あるいは障壁か!」
僧侶は見抜く。ローブの者が力ある人物だと思わせるため、蘭学者が力を貸しているのだ! 僧侶は法力を練らんとする。しかし痛みが
「十字架の陰! 蘭学者!」
***
黒ローブの者――大主教は勝利を確信していた。すべてが闇に包まれる日食が始まり、すべての捧げ物と魔法陣が整っていた。すなわち
「くくっ……」
対岸の鎧武者から放たれた矢を
彼は大主教を名乗ってはいるが、決して力は持っていない。たまたま手に入れた転びバテレンの書物から自分に都合の良い部分だけを抜き出し、占星術師や蘭学者、弱き者を巧みに誘って【黒十字会】を作り上げたのだ。
すべてはまやかし。すべては詐術。しかしそんな時もいよいよ終わろうとしていた。【でいもん様】さえ、この世に降臨すれば。
「ふふふ……」
彼は夢想していた。夢に浸っていた。【でいもん様】がすべてを打ち砕き、己が王になる妄想に浸っていた。だから鎧武者の接近にも、自身の直前で十字架側に踏み込んでいったことにも気付けなかった。彼が現実に引き戻されたのは、蘭学者の悲鳴を耳にしてからだった。
「ぐああっ……」
一太刀のもとに斬り捨てられた蘭学者から、障壁の機材がこぼれ落ちる。大主教は迷った。殺される前に聖女を殺すのが先か。それとも、機材を隠蔽するのが先か。一瞬の迷いの結果、彼は守りを選んだ。機材を守るべく、鎧武者の方へと踏み込んだのだ。
「それは私の……」
グシャア!
しかし鎧武者は、非情にも機材を踏み砕いた。そして大主教へと、刀を振り上げた。もはや彼を守る障壁はない。一刀のもとに、彼は斬り捨てられた。
「あ、あ……」
彼は空を掻き、もがいた。助けを得ようと、信徒を見る。信徒は淫蕩にふけっていた。思い出す。彼自身が薬剤で、そうせしめたのだ。つまり己は、孤立無援だ。ではどうする。
「あ……」
彼は魔法陣に気付いた。転びバテレンの書物にあったものだから、これは信じられた。本来ならば聖女の血が必須だが、もはやこの際どうでもいい。なにかが起きれば、それで良かった。
「あ」
最後の一もがきで、大主教は自分の描いた陣へとたどり着いた。そして
その直後。にわかに魔法陣が光を放った。
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