第三話:血闘編

主人公が出ない回

 荒野を、一台の蘭学車が駆けていた。前面を除いていずれも鉄板で周囲を固めている。少々いわくの有りげな出で立ちだ。相当なスピードを出しているのだろう。砂煙が激しく舞い上がり、時には多少の段差さえも飛び越えていった。

 その少し後、今度は数台の蘭学武装車が同じ道を駆けていった。こちらは、先の車よりもさらに早い。武装車そのものは、強者どもがよく箱乗りする蘭学武装ジープに比べて、背丈こそは低い。だが馬力や装甲周りに改造が施されているのか、荒野の難路をいとも容易く駆け抜けていった。追い付かれるのは、さして遠いことではなさそうだ。


「姫、おそらく後少しで追い付かれます」


 バックミラーを見ながら、運転手が言った。目指したのは江戸だったが、やはり無理があったか。彼は歯噛みした。主君からの最期の命令を、果たせぬままに終わるとは。


「なんとか振り切れないのですか?」


 左の席から、女性が問うた。運転手は、彼女の顔を見る。ああ。この姫が、普通の姫であったらば。運転手は、わずかに神仏を呪った。もっとも、呪ったところで預かり知らぬことやもしれない。諦観とともに、最後の仕掛けのスイッチを押す。これでダメなら、後は。


「今使った改造蘭学砲で、最後になります。姫、お覚悟を」

「……わかりました」


 女性が、安全帯シートベルトをきゅっと握る。この先を思うと、胸が張り裂けんばかりなのだろう。運転手は彼女を思い、さらに車を速めた。ミラー越しに後背を拝めば、蘭学砲が敵手の一台を討ち取る成果を上げている。しかし残りはそいつを見捨て、さらに速度を上げていた。


「姫様」


 運転手は声をかける。花咲く頃合いの美しい女性は、しっかりとうなずいた。これこそが本当に、最後の最後の大仕掛けである。一つ目のボタンを押し、車の上部を開いていく。おそらく敵は気付くだろう。だがもう遅い。彼女さえ逃がせたのならば、私は笑って御仏のもとへと旅立とう。


「南無三!」


 もう一度だけ敬愛する姫の顔を見た直後、彼は決然として最終兵器、脱出装置のボタンを押した。直後。姫の身体は、席ごと大きく上空へと吹き飛ばされた。運転手はその姿を、涙混じりで見送った。


 ***


「くそっ、やられた!」


 追走者の内の先頭車両で、指揮官は大きく激昂した。もう少し距離を詰めたら、後続車に先回りをさせ、進路を阻むつもりだったのに。しかしその思惑は、敵の一手により破綻した。吹き飛ぶ座席が、彼らからも見えたのだ。


「死ね!」


 獲物を逃した配下の叫びが、直に、通信機越しに、響いてくる。蘭学携帯砲ロケットランチャーが立て続けにぶっ放され、彼方の蘭学車を滅ぼしていく。指揮官は歯噛みした。今行うべきは、そちらではないというのに。だが今の今まで殺しを禁じられていた彼らのストレスを思うと、即座に止める訳にもいかなかった。


「さあ、どうする」


 指揮官は小さくつぶやいた。無論、打ち上げられた対象を追わねばならない。しかし現時点、自分たちは対象を見失っている。一旦報告を上げるのが賢明か。それとも、追い続けるか。

 しかし彼の逡巡は長くは続かなかった。突如として、彼らに襲い来るものがあったからだ。放物線軌道を描く矢が、次々と蘭学携帯砲の射手たちを打ち抜いていく。


「敵襲!?」

「方角は!?」


 殺戮に歓喜していた配下たちが、正気を取り戻す。そのさまに指揮官はさらに歯噛みした。己の手腕のなさが、配下を蘭学武装集団どもと同じありさまにせしめてしまった。自分たちは、奴らとは異なるものであらねばならない。彼は頬を叩くと、最悪の予想をもって指示を下した。


「敵襲は『暗号よ』の可能性大! 散開せよ! 姫君は後回しだ!」


 すでに敵は、どこからかこちら見ている。武具が矢であることを踏まえれば、これが最善の選択だった。無論、己も車を動かす。この状況下では、立ち止まることこそが最悪だった。そしてその成果は、四半刻もしない内にまろび出た。矢による攻勢が、ピタリと止まったのだ。


「このまま一旦帰投する! 『暗号よ』については本部通達済み! 我々雑兵の働きはここまでだ!」


 指揮官は悔しさを隠さぬままに命令を追加した。おそらくこの後は、屈指の手練どもの仕事になるだろう。自分たちの地位を上げられなかった事実に、彼は歯噛みを止められなかった。

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