四季廻々

花楠彾生

序幕

 深山みやま。その山には神が宿っている。それは四季の神々だった。桃花の如く美しく朗らかな春の神。向日葵の如く明朗で明敏な夏の神。月の如く柔らかで温厚な秋の神。風の如く冷静で品のある冬の神だ。麓に住むかつての村人が信仰していた。

 その山の中腹には、小さな古い神社が一件。鳥居は崩れ、草は伸び放題。大きく切り出された石畳すらも分からない。周りは木々に覆われ陽の光りさえ届かない様な、古びた神社だ。今現在、麓の村に住む者も存在すら知らない。誰が建てたのか、いつ建てられたのか、それすらも分からないその神社の名は、御瀬喜みせき神社と言う。

 麓の村は紀野村きのむらと言った。小さな木造の住居が十軒程点在する比較的小さな村。かつては賑わっていた村も、今では老夫婦と都会から移住してきた若い夫婦。小さな子供を二人持つ幸せそうな一家が肩を支えながら暮らしているだけだった。

 一家の上の子供がある日、深山へ入った。入ってはいけない山に足を踏み入れた。虫を取りに来たのだった。幾分か歩いた時、彼は神社を見つけた。

(かなり奥まで来てしまった。帰らなければ多分ヤバい……)

 本能でそう思わせる程神社は荒れ果て、不気味な雰囲気を辺りに漂わせていた。

 帰ろうとして気付いた。誰か居る。見えないけれど感じる。彼は近くの木の影に隠れ鳥居を凝視する。

「嘘だろ……」

 見えた。見えてしまった。崩れた鳥居の前で、静かに佇む一つの影を。それは純白の着物に朱の羽織を纏った、髪の長い者だった。

 彼は目を離せずに居た。不気味なはずのその影が何処か魅力的だったから。

 何故此処に居るのか、何を想っているのかも分からない不気味なその影は、風が吹くと同時に消え去った。

 彼は走って山を下りた。何度も転んだが、痛みなど感じなかった。それ程に少年の体は恐怖で支配されていた。

 村に足を踏み入れた時、彼は忘れた。山で見た物は疎か、山へ入った事も、傷も全て無くなっていた。

 少年が持っていた新品の虫取り網は、水鉄砲に変わっていた。

「川、行こう」

少年は全速力で走り出す。それを見た神は呟いた。


「可愛い少年じゃないか」







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