第7話 新しい目標

 大魔堂学園高等部の寮に戻ってくるなり、亜土あどはさっそく机に向かった。


 少女三人の練習試合の記録や、今までの練習方針、各測定値の資料を、初等部顧問にお願いして借りてきていた。

 資料上から、改めて少女たちと向かい合う。


(名目では、みもりたちが旧部室棟にいるのは自主練のためか。みもりの魔力暴走。やる気のないリリカル。妻夫木さんの個人主義。能力は高くても、全体練習に参加させたら、たしかに士気にかかわる、か)


 亜土は、練習方針の資料を熟読する。


(……自主練の他に、旧部室棟の美化活動がある。仲間意識を高めあうのが目的だろうな。顧問もそこが一番の欠点だと認識しているみたいだ)


 ただ指摘するほどに、マキドは意固地になるだろう。

 気難しそうなマキドを思い出して、亜土は首をひねった。


(……資料をもらったとき、顧問も三人を持て余している反応だったな。簡単に解決できる問題じゃない。彼女たちを知るためにも、オレがいい加減な気持ちで指導を手伝うわけじゃないと、信頼してもらわなきゃ)


 亜土は練習案をノートに書き留めていると、トコンと、机にコーヒーが置かれた。


「がんばってるね、亜土」


 ルームメイトの安心院礼流あじむれるが、温和に微笑んでいた。

 亜麻色の長い髪を後ろで一つに結び、道を歩いていれば10人中10人は振りかえるような美少女フェイス。


 しかし男だ。安心院氷華あじむひょうかの弟である。


「ありがとう、礼流れる

「どーいたしまして」


 亜土はコーヒーを一口吞んで、すこし休憩しようとすると、礼流も自分の机に座る。ゆったりと足をそろえる仕草は、本当に男なのか疑ってしまう。


(礼流のルームメイトになるとき、ひと悶着あったんだよな……。なにせ男子にも人気だし。オレは一般入学だったからよく知らなかったけど、礼流のルームメイト争奪戦があったらしいしなあ)


『君は無害そうだから』


 ということで、亜土は礼流からルームメイトになるようにお願いされた。

 おかげでいまだ、匿名で呪いの手紙がくる。まあ些末なことかと、亜土はコーヒーを飲んだ。


「楽しそうだね、亜土」

「そう? ……うん、すっげー楽しい。ワクワクしてる」

「亜土の楽しそうな顔は久しぶりにみたよ。……魔力を失ってから色々あったからね。また元気な亜土が戻ってきてくれて、親友として嬉しいよ」


 礼流が心底嬉しそうに言うので、亜土は頭をかく。


「心配させたみたいだな。ごめん」

「そりゃね。亜土が退寮して、またボクのルームメイト争奪戦が起きたら困るもの」

「あっはっは、たしかに争奪戦が起きるだろうなー。まあ、その心配はしばらくなさそーだから安心してよ」

「小学生を教えることになったんだってね」


 礼流はコーヒーを口にしながら言った。


「なんだ知ってたんだ」

「姉さんから聞いたんだ。亜土を退部させて、問題児のお世話をさせることにしたって。はあ、我が姉のことながら人の気持ちがわからなすぎるよ」


 礼流はぷりぷりと怒ってみせた。

 姉と頻繁にやりとりしているようだが、姉弟仲は微妙みたいだ。

 いや姉弟とはそんなものかと、亜土は妹を思い出しながら、氷華をフォローする。


「退部は残念だったけど……ちょうどよかったよ」

「どーせ姉さんのことだからキツイ言葉だったんでしょ?」

「オレのことだからズルズル頑張りそうだったしさ。ハッキリ言ってもらって、助かったよ」

「もー、亜土はそーやって姉さんを甘やかす」


 甘やかすもなにも、魔力なしになった自分が名門勇者部に半年以上も在籍したわけだから、むしろ甘えていたほうだがと首をかしげた。


「それにさ、素敵な子たちなんだよ。初等部の子たち」

「目が輝いているねー」

「ああ、久々にすごくワクワクしてる。あの子たちがどんな風に輝くんだろうと想像しただけでさ、魔力がないぐらいで、へばってられるかと活力が湧いてくるんだ。新しい目標……いや、あの子たちがきちんと目標に向かって走れるように、オレ、手助けしたいんだ」


 亜土がちょっぴり早口になりながら展望を語ると、礼流は困ったように微笑んだ。


「冒険馬鹿。ダンジョン攻略オタク。勇者部マニア。亜土はどう呼ばれるのがお好み?」

「全部だ!」

「はいはい、ボクのよく知っている亜土が戻ってきてなによりだよ」

「へっへっへ! ……それでー、そのー。礼流の有能なアイテムをいくつお譲りいただけると、大変助かるのですが。なにぶん学生でして、お金のほどが……」


 亜土は申し訳なさそうにお伺いを立てた。


 礼流は、錬金科の生徒だ。

 彼制作のアイテムはコンクールで賞もとっている。優秀な錬金術師で、すでに有名アイテムブランドからスカウトがきていたりした。


「かまないよ。もちつもたれつだからね。……っと、ちょっと待ってね」


 礼流はスマホをいじり、疲れたように目を細めた。


「どうしたんだ?」

「……知り合いからちょっとね。『後輩に言いすぎたから、さりげなーくさりげなーく様子を見て欲しい』だって。はあ、あとで心配になるなら言い過ぎなきゃいいのに」

「錬金科の先輩?」

「ま、そんなところ。だいたい気になるなら自分で様子を見ればいいのに、ほんとヘタレなんだから」


 礼流は困った誰かさんを思い浮かべるように、ため息を吐いた。

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