第4話 悪手と握手

人の怒りのピークは6秒という話を聞いたことがあるだろうか。あとカルシウムを摂ったりすれば怒りが収まるだとか。学術的根拠を元に伝えられている情報はほとんどが正確であり、後のより詳しい探求によっては誤っていたとされることはあるだろうが現状は目に見えるそれが一番の真実だ。


しかし、私はそれを踏まえてでもこう叫びたい。研究者としての矜持を捨ててでもこの論説を否定したい。私が、人付き合いが苦手ということは皆様方ご存じのとおりだろう。その中でも一番苦手な人間は感情の起伏が激しい人だ。考えが読みやすい、読みにくい等は私にとってはなんの問題もない。結局腹の底はどうであろうと見えないものだからな。

さて、それで起伏が激しい人の何が嫌か。それは怒りが出やすいところにある。怒りが出れば当然頭がヒートアップして正常な思考から意識せずともずれていく。本人が正しいと感じていようがいまいが、建設的な話し合いをする時には怒りという感情はいらないゴミなのだよ。


「そんなクールぶってるから人が仲良くつるんでくれないんデスヨ。」


黙っておいてくれたまえと何度も言っているが!?いちいち癪に触るロボットだよ。

それで、私が言いたいのはこれなんだよ。これ。人にお願いをするとき、命令するとき、どんな時でも構わないが人に何かモノを言うに怒りがこもっていればそれだけでその台詞は威圧へと変わる。その威圧は周りへ波紋していき、少なからずその場に居合わせる人はプレッシャーを受ける。だからそれをする為に強く言ってるのになんで言うことを聞かないんだこのポンコツは。


「それが私ですカラネ。」


あぁやかましい。こいつみたいな鬱陶しい人間が居るから今私がこうやって腹を立てているんだよ。アパートの壁をドンと叩く行為はなんらかの法律に違反していたりしないのたろうか。そこんところどうなんだ。

横の住人がうるさいってことはそいつは起きてるはずだろう。玄関口の呼び鈴を鳴らしてくれれば駆けつけるのにわざわざ壁を叩く行為が全く持って理解することができない。そのせいで作業をぽしゃって手を火傷してしまったではないか。このようにね。あぁいたい。お陰であの軋む音が脳裏に刻まれてしまったよ。人によって変わるようだが、成功体験と失敗体験どちらの方を強く覚えているかという質問をされれば私は今のように当然後者を選ぶ。軽く物音を立てた。壁を叩かれた。そのせいで発明品製作を中断する程の怪我を負った。そのせいで今ではアパートで音を立てるという行為自体が怖くなってしまつたよ。なぁどう思う?


「…………………………………。」


今になってだまれという命令を遂行するんじゃない。 せっかく話かけたのに無視されてる痛い奴みたいじゃないか。失礼するよ。全く。


アァそれで、ええっと何まで話した。

なんだったか。そうだ。隣の住人を消した話か。隣で爆発音がするのはびっくりしたがその迫力はまさに真下で見る花火のような壮大さだったさ。ハハ。


そうそれだ。そうだそうだ。爆発する瞬間を見るのは流石に危ないと判断している為目視は出来ないが確実に消えている。それだけは確かだ。お陰様で悠々自適に発明品を作ることができて幸せだ。なぁ?


「…えェ。そうですネェ。」


久々に肯定してくれた。元々は鬱病の人に対して自信が持てない時に自動アドバイスをくれるような機械にしたはずなんだがいつのまにか不思議な機能と反骨精神たっぷりなポンに育ってしまってびっくりだよ。


次は誰にしようか。爆発が起こるたびに心に閃光が満ちる。その内には、九割の解放感と一割の罪悪感。この罪悪感こそが私にとっての大切な大切なスパイス。でも最近は味に飽きてきてしまった。だから少々中身を変えたんだ。九割の快感と一割の正義感。私の行いが世界を変革する。ちいさなちいさな世間だろうと私にとっては広く紡がれているフェルトの世界。縦横無尽に絡まっていて、そんなモノの空回りを爆発で消し去って綺麗にする。なんと素晴らしきことだろう。私はもうストレスを感じなくて済む。それで私は救われる。


おとといは嫌味を言ってくる上司。昨日はボランティア活動に勤しむ他人。今日は結婚をせびってくる親族。みんなみんなほどいてあげた。



私が正解だ。私がえらい。私は何も間違ってない。だから、だから。





この胸に逸るこの気持ちはなんなんだろうか。満たされているはずの心のほんの隙間に残っている冷たい部分。理。道理。ルール。常識。モラル。統括して理性。その青い液体が私を冷やす。欠けた部分から漏れ出していたそれはいつのまにか自分から塞がっていた。強く根を張り今こそ私に問いかけんばかりに強く私の鼓動を支配する。


「私は何をしていたんダ…?」


一度壊したそれ。考えたくない。

荷を解き置き去ったはず。思い出したくない。

散らかして、戻らない様にした。知らない。

紙クズだろ。そんなもの。捨てた。

ゴミとして出した。わからないんだよ。

ロクな物にならないと見ぬふりはできない。

斜めに構えた考えだ。でもこれが私ダ。

厄介だろう。でも変えられナイ。

苦しいのは分かるよ。私だけじゃナイ。

充分理解してクレ。私のコトヲ。



それじゃア。 ネ。




動画に写る白衣を着た男性は、屋上から身を乗り出し、体を翻したと思うと沈んでいった。

それが彼の最期。このは彼を表すかのように無責任に広がっていった。

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