第7話

「将軍にお見せできるうちの魔獣は、この子たちだけです。馬と比べればすこし癖はあるけど、急な斜面を駆け下りたり岩を足場に跳んだり、敏捷性は抜群ですから。有翼族との闘いでもきっとお役に立ちますよ!」


 ササラはギンロウたちの肩を抱き、嬉々として売りを話し出す。


「本来であれば調教を済ませた私が、飼い主に従うよう伝えて関係が成り立つのですが、スコル将軍はご自身でこの子たちを強者だと認めさせたので、もうこの子たちはスコル将軍の指示に逆らいません。軍の他の方が乗る際も将軍からこの子たちに直接指示を出せるので、安心ですね」


 今にも「では、お帰りはあちらです!」と言い出しかねないササラの口ぶりに、スコルが慌てて待ったをかけた。


「上下関係が決定したからといって、俺と彼らは会話ができるわけではないのです。細かな指示までは通らないでしょうから、できれば数日、ここにとどまってあるじどのにご指導いただければと思うのですが」

「必要ないですよね?」


 きょとんとした顔のササラがすがるスコルをぶった切る。


「スコル将軍が群れのリーダーとして認められてますから、あなたが指示すればあとをついて王都まで走りますし、道中のエサはスコル将軍が休憩の際にそばを離れる許可を出せば自分たちで調達して済ませるでしょうし。あ、ひとは襲わないように約束させてますから。ただ攻撃された場合は反撃していいと伝えてあるので、気を付けてくださいね」


 訓練のときに注意が必要ってメモしておかなきゃとつぶやくササラは、スコルに飼育説明書を持たせて王都へ送り返す気だ。どう見ても、自分もきらびやかな王都へ行ってみようと思っているようには見えない。


「あとは……」

「おい、ササラ」


 他に気を付けるべき点があっただろうか、と宙を見つめるササラの肩をアーヴィンが叩いた。


「いっしょに行ってくりゃいいじゃねえか、王都」

「えっ」

「何、驚いてんだ。お前の母ちゃんと兄貴からも、遊びに来るよう誘いの連絡が来るのを『忙しいから』って何年も断ってるの、俺が知らねえとでも思ってんのか」


 知らないわけがない。

 母や兄からの手紙をたびたび辺境の牧場まで運んできてくれているのはアーヴィンであり、開封した手紙への断りの返事をササラがお願いするのもまた、アーヴィンなのだから。

 そのたびアーヴィンはこの辺境しか知らないのはもったいないと言っては、王都の広さやひとの多さ、そして暮らしのなかに溶け込む魔獣の多さを語って聞かせて、けれどササラが「やっぱり、魔獣のみんなを置いていけないよ」と話が終わるのだった。

 アーヴィンとしても一度行ってみると良い、というくらいの気持ちで強要するつもりはないからだ。


 けれど今日の彼は引き下がらない。


「忙しいってんなら、その忙しさをみんなに分けろ。もうここは昔みたいにちっぽけな牧場じゃねえ。お前が抜けた穴を分担できるだけの人数はいるんだし、任せられるだけの知識や技術を持った連中をお前が育ててきたんだろ」

「それは……うん……」


 牧場の従業員を引き合いに出されると、さすがにササラも否定はできなかった。

 事実、大きくなった牧場を滞りなく回せるだけの働き手が何人もいる。彼、彼女らはまじめに魔獣と向き合い、ササラが教えた以上の成果で応えてくれていた。


「でも、魔獣の世話はなんとかなっても人の管理や王都とのやり取り、お金のことまでは教えていないから」

「そこはお前、お前の父ちゃんだって少しは頼れるとこ見せてもらえ」


 アーヴィンが言うと「そうだよ!」と同意する声がある。

 振り向いたササラは、牧場のほうから駆けてきた人々の姿に目を丸くした。


「父さん、サムさん、それにみんなも……!」


 広い牧場を駆けてきたのだろう。肩で息をする父と呼吸を弾ませたサム、そして牧場で働く従業員たちが立っていた。

 彼らの頭のうえをしゃらら、と飛び越えたガラスフクロウがササラの肩にさらりと止まる。


「リィン、ご苦労だったな」

「ぴぃ!」

 

 アーヴィンが褒めながらフクロウの頭をなでると、リィンは目を細め誇らしげに鳴いた。


「アーヴィン、どうして」


 どうしてみんなを呼び集めたの。そんな想いの込められた問いかけにアーヴィンは軽く肩をすくめてみせる。


「俺だけじゃねえんだよ。お前が働きすぎだって思ってるやつは」


 アーヴィンに続いてサムが声を上げた。


「そうさ。ササラ嬢ちゃんはこぉんなちっこいころから牧場を守るんだ、って働き詰めで。頼もしいやら心配やらで、おらぁ辞められなくってよ。気づいたらこんなじいさんだぁ」

「サムじいは昔っからじいさんじゃあないか。でも確かに、ササラちゃんはこんなきれいな娘さんになって。それなのに一度も村を出たことがないなんて、あたしゃ不憫でならないよ」

「ササラさんは細っこいのに誰より働き者なんだもの。そろそろ溜まった休みを取ってもらわなきゃ、俺たちだって休み辛いよな」

「そうだそうだ!」

「そのとおり」


 サムが口を開いたのを皮切りに、従業員たちが口々に話し出す。

 それは休むことを知らない経営者への不満ではなく、働き詰めのササラへのやさしい後押し。

 魔獣の気持ちを汲み取るササラに、その思いが伝わらないはずがない。


「みんな……」


 従業員たちの思いに胸を打たれ、目を潤ませるササラの前に進み出たのは彼女の父親だ。


「ササラ、行っておいで」

「父さん」


 不安に揺れる娘の目を覗き込んで、頼りない父親は苦く笑う。


「ここは僕にどーんと任せて、って言えないのが情けないんだけど……」

「ほんとにな」


 容赦のないアーヴィンのひと言にすら、父親は言い返せず「うぅ」とうなだれる。

 けれどその背を叩くサムの手に、従業員たちの手に勇気をもらい、彼は再び顔を上げた。


「でも、ここはみんなで何とかしてみせるから! ササラは母さんとお兄ちゃんに会っておいで」

「父さん、みんな……」


 牧場のみんなに囲まれて、ササラはふとスコルをふり仰ぐ。

 そこに言葉は無かった。

 どうしてすがるような目を向けたのが今日会ったばかりの彼だったのか、ササラ本人にすらわからない。


 興奮に頬を染め、感動に目を潤ませたササラに見上げられたスコルは彼女に見惚れた。将軍の肩書きなどすっかりと忘れ、ひとりの青年として見惚れていたが、アーヴィンに背中を叩かれて我に帰る。


「式典用の顔作って頷いてやれ、頼れる男の顔でな」


 アーヴィンにささやかれるまま、全力の良い男の顔でスコルは頷いた。

 途端に、ササラの顔に笑顔が浮かぶ。

 喜びを振りまきながら前を向いた彼女は、父親をはじめ従業員たちを見つめてうなずいた。


「うん、行く。私、王都に行ってくるね。みんな、ありがとう!」


 弾むササラの声を聞きながら、スコルはそばに立つアーヴィンにキラキラした目を向けた。


「お兄さま、とお呼びしてもよろしいですか!」

「え、やだ」


 反応があるじどのと同じだなとスコルが胸をほっこりさせる横で、アーヴィンは「人選ミスったか……?」とぼやく。

 いつの間にかアーヴィンの肩に飛び移っていたリィンが「ピィ」と鳴いたのは、手遅れだと言ったのか否か。


 それはガラスフクロウ本人にしかわからないし、盛り上がる牧場の人々はそれどころではなかった。

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