かき氷はまだ溶けない

オクラーケン

プロローグ

――わたし、先輩のこと大嫌い!

  

398回目の恋はその言葉で幕を下ろした。


永遠と続く恋の物語はいつだって同じエンディングを見せてはくれない。


ビターエンドもバッドエンドも言葉は同じでも、中身は別物。同じなのは登場人物だけ。 同じ時間、同じ会話、同じ空気、全部同じにしても物語は変わる。


でも、やっぱり結末は僕の望まないもの。


なんで、世界は僕の思い通りにならない?


僕はただ、ハッピーエンドが見たいだけなのに。

 



―――――――――――


「先輩、しりとりしません?」


太陽よりも眩しい笑顔は僕の白い肌を焦がすのに十分だった。


ベッドに座る彼女は、今日も叫び声に近い、大きな声で僕に暇つぶしの提案をする。


「あのな、白井。僕は今は、読書の途中なんだよ。お前の遊びに付き合ってる暇はないんだ」


「え〜!先輩のケチ!」


「あーはいはい、ケチでいいので邪魔しないでくださーい」


本に視線を向けたまま、さらりとそう告げ、僕は読書を再開する。


本の支給なんて一ヶ月ぶりなので早く読みたくて仕方がない。


読み始めて、数分が経過した。そろそろ、彼方の相手でもするか。


ページをめくり、パラパラと心地の良い音を立てながら、彼女に向き直る。


すると、白井はふてくされたのか、シーツに顔を覆い、こちらに背中を向ける形でベッドに横になっていた。


「おーい、白井さーん」

 

シーン。


反応がない。ならば、もう一度。


「白井ー、さっきの事は謝るから、機嫌直してくれよ」


シーン。


これまた、反応がない。仕方がないが、最終奥義だ。


「白井、お前の欲しいもの何でも一つだけ持ってきてやるから、機嫌直せ」


「・・・・・・氷」


「なんて?」


「かき氷が食べたい!!」


勢いよく腰を起こした彼女は、鼻息を荒くし、こちらを鬼の形相で睨みつける。


その怖い顔、やめろよ。体が拒否反応出してるから。原因は僕だけど。


「悪かったから、ちゃんとかき氷もってくるから。な!」


とりあえず、反省の意も込めて、謝罪をする。

それが癪にさわったのか、白井は僕が持っていた本を鷲掴みし、窓から投げ捨てる。  


本は綺麗な放物線を描きながらその生涯を終えるのでした。めでたし、めでたし。


――じゃねええええええ。


窓から身を乗り出し、本の安否を確認する。


白井の投てき技術は素晴らしいものですぐそばにある、池へとダイブしていた。


プカプカと浮かぶ、それは、もう僕の求めていたものではない。


水への適応能力のない本は、魚たちの標的にされ、数十匹が群がり始める。


これが弱肉強食か。いや、本は食べ物ではないか。

なんて、おかしなノリツッコミをしながらも、僕の怒りのボルテージはMAXに達していた。


悪気はあるが、許す気はない!

今日こそ、あの女に教えてやる。真の弱肉強食と言うやつを!


拳を振るわせ、心の中でそう叫ぶ。その勢いのまま、再度、標的へと視線を戻す。


だが、そこにいたのは少女ではなかった。 


鬼、いや、悪魔だった。


僕の目がおかしくなったのか、彼女が本当に悪魔になったのかは不明だ。ただ、僕の目の前には鋭い眼光に牙、頭には角を生やした白井の姿があったのだ。


うん。これは、もう駄目だ。


「すみませんでしたああ!」


その場で綺麗な土下座をかまし、彼女に許しを請う。情けない。一応、僕、先輩だからね!そこだけは間違えないようにね!


「先輩♪」


軽やかな声のはずなのに、その声には怒りと殺意が感じられた。


顔を上げると、声の主と目が合う。一度、目が合えば、もう逃れることはできない。


「先輩、よく言うでしょ。すみませんでは済みませんって!」


ふふふ、と不敵な笑みを浮かべる彼女に僕は遺言を遺す。


「・・・・・・笑えないです」


そこから先は、思い出したくない。


僕に対する不満や、愚痴のオンパレード。パレード好きもこれには参加したくないだろう。


まあ、心を抉られるのは、僕だけだけどね!


「――以上の点から、先輩は毎日、わたしにかき氷を献上すること、これを最大の幸福だと肝に銘じること!いいですね!」


「ま、毎日!?そんなの無理にきま・・・」


「いいですね!」


僕の意見を最後まで言い切る間もなく、彼女の気迫に圧倒され、首を縦に振るしかなかった。


再度、言うようだが、実に情けない。


そんな僕を温かく、向かえてくれるのは真っ白で無機質な床だけだ。


僕、知ってるよ。床って地肌で触れたら、とんでもなく気持ちがいいんだって、やった事ないけど。


俯いた僕に彼女は小さく溜息をつく。


「先輩、わたしだってこんな事したくなかったんですよ」


じゃあ、するなよ!


「でも、先輩が可愛いわたしを差し置いて、難しい本ばかり読んでるから、悪いんです」 


それは、すまんて。


「それも、医療系って、先輩は今のままでも充分、楽して暮らせるほどのお金あるじゃないですか」


・・・・・・・・・。


「先輩はわたしの最期を見るだけでいいんです。それが仕事なんだから。それに、それに・・・・・・あれ?」


白井の拍子抜けした声を聞き、僕はある危機感と最悪な未来が頭をよぎり、すぐさま彼女に駆け寄る。


「白井!」


抱きかかえた彼女は異常なまでに軽く、同時に餅のような軟らかさを感じた。


僕はひとまず、彼女をベッドに寝かせ、近くにあったボタンを押した。


何度も見た光景だ。


「白井!白井!」


名前を呼んでも、どうにかなるはずがないのに、この瞬間だけは冷静さを失う。


「先輩、聞こえますか?」


弱った声の彼女はいつ聞いても、慣れない。


「ああ、聞こえてるぞ。白井」


手を握り、薄れていく彼女の体温を噛みしめる。


「先輩、最期に、お願いがあるん、ですけど、聞いて、くれますか?」 


こくんと、首を縦に振る。


彼女の体はだんだん、その形、色を維持することができなくなり薄れていく。


「私が死んだあと・・・・・・これからは、彼方って呼んでくれませんか」


「・・・・・・彼方」


僕は彼女に伝わるように、再度、ゆっくり大きく口を動かし、か・な・たと言う。


彼女は照れくさそうに、頬を染め、そのまま、瞼をゆっくりと閉じる。


数秒後、彼女は息を引き取った。いや、水になって、この世を去った。


本当におかしな話だ。


最愛の人との別れのはずなのに、涙が出てこない。

目をつぶれば、きっとまた彼女に会えると思っているからだろうか。


ここにいるのは、無力の男、ただ一人。


後は何もない。


ならせめて、もう一度、あの何も為すことできない日々もどる前に、彼女と初めて会った日でも思い出すとしよう。


あの頃の、ただ純粋に彼女を愛した日々――――。

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