第7話 ポップコーンのようにバーン!


 傍らの家々が、まるでポップコーンかのように弾け飛んだ。あまりの威力に冷や汗を浮かべたポム山は、女を逃さぬように右半身だけ因縁をつけながら、左半身はいつでも逃げられるようにダバダバと蠢いた。


「きさんだけは絶対逃さへんで、地獄の底まで追いかけたる!」


「なんなのよアンタ、今はそんなこと言ってる場合じゃ……?!」


 言い争う間にも、化け物は巨大な剣を振るい、街もろとも目に映るもの全てを破壊せんと攻撃を繰り返す。

 死に物狂いで攻撃を躱した二人は、子供のような口論を続けながら、四方八方逃げ回った。


「なんなのよアンタ、黙って身代わりになりなさいよ!」


「だーれがなるかドサンピン、きさんが真っ割かれてパッカーンなればええんや、パッカーンと!」


「……あれ、でももう笑ってる場合じゃないかも」


 前方には城を取り囲む高い壁がそびえ、周囲は完全に逃げ場なく高い建造物に覆われていた。窓一つなく薄暗いその一角は、最期の地としてはあまりに侘しく、悲しい風景だった。


「ついに追い込まれちゃった。どうする、土下座でもしてみる?」


「アホ言え、許してくれる顔してへんやろ。あの吊り上がった眼ぇ見てから言いな」


 肩をすくめブルブル震えてみるが、もはや逃げ場もない。不敵に笑みを浮かべた化け物は、手のひらの上で剣をバウンドさせてから、徐に話しかけた。


「キサマらは勘違いをしている。我が主君のいち配下を落としたくらいで調子に乗りおって。だがこれでわかったはずだ、キサマらゴミがどれだけ徒党を組もうと、我々の手にかかればこのザマ。……先ほどの男のようにッ!」


 二人の間を分つように地面を抉った化け物は、ターゲットをポム山一人に絞ったようだった。紫に鈍く光った眼が輝きを増すにつれ、巨体だった化け物の体は、さらに膨れ上がり、巨大なアークデーモンへと変貌を遂げた。


「ウソ……、でしょ」


 伝説級モンスターの登場に全てを諦めた女は、脱力し、へたり込んだ。自分の五〇倍はありそうな現実離れした相手を見上げたポム山は、大腸に大量のウ◯コが詰まったような顔で、なんとなく悩んだフリをしてから、下唇を噛んだままプフゥと息を吐いた。


「でもまぁ、こんなとこで死んでる場合とちゃうねんなぁ。なんなら、こんなの一つも倒せへんようじゃ、また彼奴らにバカにされるだけや。……しゃーないな、少しだけ見せたろやないの。お豆力、とくと見せたらぁ!」


 短すぎる腕で腕組みしたポム山は、生意気に格好をつけ、ゴニョゴニョと詠唱えいしょう(らしきもの)を唱え始めた。全身から発光したかと思えば、今度は背後に緑色の魔法陣が浮かび上がった。


「ッ?!」


「なーにビックリしてんねん。ま、そらそやろな。まさかこのプリチーなぬいぐるみボディのが、ホンマは魔法少女やと思わへんもん。でもやで、一括りに魔法っても、色々種類があるんやで。ビバ見さらせ!」


 異変を察知して警戒したのか、一手早くデーモンが剣を振り下ろした。しかし不敵な笑みを浮かべたポム山の頭上に薄っぺらな板のようなものが突如出現した。


 デーモンの剣を受け止めた板切れは、欠けることもなく攻撃を受け止めたばかりか、攻撃を弾き、今度は形を変えて無数の球体へと変形する。


「チミらは知らんやろけど、今回ワシが設定した豆の使用可能量は、六ドリューマピンタガリガリポスヤンマガリガガ個。早い話、ほぼ無限やねん。無限の豆が自由自在に使えるて、これホンマ凄いことなんやで。しかもスキルで豆の圧縮率まで自由自在ときたもんや。こんなショボショボ攻撃、弾くくらいわけないで、ハッハー!」


 豆を圧縮して固めた無数の弾丸を空中に作り出したポム山は、今度はそれを恐ろしい速度で発射させた。

 目にも止まらぬ速さで飛び出した、文字通りの"豆鉄砲"は、速射砲の要領で、デーモンの身体を貫いた。


「ンガッ!!?」


「ムダムダ、さっきも言うたけど、こちとら無限に撃ち続けられんのよ。そもそもこの一粒かて、チミらのチョコザイな質量で受けられる強度とちゃうねんなぁ。このちっこい球一個に、何個のお豆さんを凝縮させてると思ってんの。………チミらの世界で言うとこの一億個。どや、重いやろ?」


 次から次に充填される豆の弾が、デーモンの肉体を無慈悲に削っていく。巨体が故に逃げる間すら与えられず、数秒で血で染まった巨体は、すぐに耐えられなくなり、無様に膝から崩れ落ちた。


「な~にが豆はダメや、な~にが豆は使えないや。ホンマに頭使ってから言えっちゅうねんボケカス!」


 さらに弾数を増す無数の弾丸は、デーモンどころか前方の城壁をも巻き込みながら、周囲の風景を蜂の巣に変えた。

 全てを穴だらけにしたミニミニサイズの珍獣は、超絶卑屈で嫌味な高笑いをしながら、千切れ飛んで絶命したデーモンの頭をポムポム踏みつけながら、悪魔のように目を見開いた。


「ヒッヒッヒ、どやさ、これがお豆さんの力や(口いっぱい豆を頬張りながら)。オマメ、オマメ、オマメさ~ん!」


 モニュモニュ豆を噛み締める姿は、まさに調子に乗った天使の羽を生やす小悪魔だった。傍らでその姿を見ていた女は、あまりに現実離れした異様さに言葉が出ず、ただ呆然と仰け反ったまま珍獣の珍暴論を見つめていた。


「ヒャーッヒャッヒャ、お~っと、あかんあかん、ちと調子に乗りすぎたわ。こんな姿、誰かに見られた日にはおちおち昼寝もでけへんく……」


 ポコポコと腰を叩きながら振り返ったポム山は、女の存在を完全に忘れていた。

 一部始終目撃され、マントの隙間からあんぐりと口を開る女の顔を見たところで我にかえり、「ちゃうねん、ちゃうねんて」と弁解した。しかし手遅れだった。


「なんなの…… あんな魔法、見たことない……」


「な、ならきっと見間違いやな。忘れたってちょ。ちゅうことでほなさいなら~」


 そそくさ逃亡しようとするも、背後から羽交締め(ぬいぐるみを抱えるよう)にされ、女に抱え上げられてしまった。

 ペットの犬でも見つめるように希望に溢れた笑顔でポム山に頬を寄せた女は、これまでと全く違う、晴れやかで透き通った声で言った。



「見つけた……、やっと見つけたよ、お姉ちゃん!」

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