第一章

驚いた。本当に。この街に住むとは聞いていたが、再会できるとは思っていなかったからだ。

 彼女には本当に毎回驚かされる。雪の夜のこの街の広場での再会もそうだった。

 彼女はいつも、私にとって突然現れる。買い物帰りに偶然立ち寄った通りのカフェで、その「突然」は起こった。

「ご注文をどうぞ〜。あ、私はカフェオレがオススメかな。」

 急にオススメされたことにおどろいた。顔を上げると、そこには黒くつややかな腰のあたりまでの長い髪を持つ少女がにっこりと笑って立っていた。

 その笑顔になんとなくドギマギしてしまう。

「お久しぶりです、羽式さん。」

 こちらがドギマギしていると、少女はそう言った。

「……?」

 

 (誰だろう。)

 あれこれと考えてみたが、この少女に該当する知り合いはいない。頭の上に「?」が浮かんでいるのを、知ってか知らずか、彼女は再び口を開いた。

「私です、雪華ですよ。覚えてませんか?」

 その言葉を聞いて、私はますます混乱した。

「え…?そりゃ覚えてるけど、その、頭が髪でその……。」

 もはや意味不明である。人を殺す時でさえ取り乱すことのない私をここまで混乱させるとは、実はかなりの強者かもしれない。それを見て彼女はクスッと笑い、閃いたように言った。

「ああ、もしかして髪の毛のことですか?」

 私はうなずいた。

「そっかー。これのせいで、わからなかったんですね。あはははは!あ、そうだ、今日は私もうすぐ終わりですから、ここで待っててもらえませんか?私、ゆっくりお話したいし。」

 私は特に用事もないので、「ああ、いいよ。」と答えた。

「あ、じゃあご注文何にします?」

 彼女は紙とペンを取り出して聞いた。私は彼女が最初に言ったことを思い出し、

「じゃあ、カフェオレ。」

 と言った。

 そして彼女は店の奥へと入っていってしまった。

 しばらくすると注文通りカフェオレが来た。彼女のオススメどおりにほんのり甘くておいしい。

 彼女を待っている間、私は店内を忙しく動きまわる彼女を見ていた。よく働く子だ。

 結局それから一時間ほどした頃、仕事を終えた彼女が私の所へやってきた。

「お待たせしちゃいましたね。」

 彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。

「いや、いいよ。どうせヒマだし。」

 ありきたりな決まり文句だな…と思いながらもこういうより他になかった。

「ここにいるの、疲れちゃったですよね?どこか外へ行きませんか?」

 そんなことはない…と思ったが、おそらく彼女も仕事場であるということで、心理的にも疲れるし、仕事仲間に気がひけもするのだろう。

 そういうこともあって、私たちは外へ場所を移すことにした。

 歩いているうちに、いつぞやの噴水へとたどり着いた。

「なつかしいですね、ここ。」

 彼女は相変わらずのやわらかい笑顔で言った。久々に見る彼女の笑顔は、何故か目がはなせなかった。結局、私たちはまたこの広場で話をすることにした。ただし、今回は広場のベンチに座って。

 昼下がりの噴水広場は、以前の雪の夜とは全く別の場所のようだった。人はたくさんいるし、アイスクリームやクレープなどが売られている屋台もある。

 彼女にクレープを買ってあげると、彼女はとても喜んでくれた。そして先に話を始めたのは、彼女だった。

「本当にお久しぶりですね。雪の夜以来だから。」

 今はこの噴水広場も花の咲き乱れる春である。久しぶりという言葉はまさにこの状況にしっくりくる言葉だった。

「ああ。いつ頃からあのカフェに?」

 時々前を通りすぎていたのにずっと気がつかなかった私は彼女に聞いた。

「あのあとすぐですよ?時々前を通るのを見かけてました。」

 彼女は私に気付いていたらしい。なんだか少し自分が情けない男に思えた。落胆している私に、彼女はにっこりと微笑みかけて、話を続けた。

「誰でも何かに気付かないコトってありますよ。大きなコトだったり、小さなコトだったりはしますけど…。それに、今は髪の毛の色全然違うから、わかんなくて当然ですよ。あはは。」

 そこで私はとっさに最大の疑問をぶつけてしまった。

「そう。それだよ!髪の毛!どうして色が違うんだ?」

 すると彼女は得意気に理由を語りはじめた。

「これですか?私たちって本来あの色でいるほうが少ないんです。私たちは怒ったりとか、哀しんだりとかした時にあの色が現れるんです。普段の見た目はふつうの人たちとかわりませんよ。あ、でも雪の日は反応して色が変わっちゃったりもしますけど。だから雪の日は油断できないんです。油断すると変わっちゃうから。」

 …やっぱり不思議なひとだなあ、と思った。そしてこの前の夜と今日、二回彼女と会って私はある異変に気づいた。

 彼女といる時、なぜか私はいつもとても心地よい気分である、ということだ。以前の私はこんな気持ちになることはなかった。何とも言えない心地よさの中で、なんとなく自分の心が洗われるような気がした。

 その後もすっかり話し込んでしまった私たちが気付いた時、時刻は夕飯時もとっくにすぎていた。二人で何か食べようか、という話になり、私の行きつけのレストランで二人楽しく食事をした後、彼女を家まで送り、私は家路についた。




 家につき、扉を開けた時、私は感じなれた気配を感じた。はりつめた殺気、息を殺して潜む者のあの気配ー。

 (6、7、…8人、か?)

 よくもまあこのせまい家に8人も、と呆れつつ部屋に入っていった。ちょうど部屋の中央あたりを通りかかった時、8人くらいが同時に襲いかかってきた。

三流ザコかよ。つまんねェな。とっとと逝け。」

 そう吐き捨てた時、すでに刺客はもうこの世にはいなかった。こんな事は日常茶飯事である。仕事柄、仕方のないことであろう。しかし、後始末が面倒くさいので、できればやめてほしいところである。

 後片付けを終えたあとは、フロに入ってとっとと床についた。今日はいい日だったと思った。彼女に再会できたことが、なぜか異様にうれしかった。

 そして、別れの際の彼女の

「またそのうち遊びに来て下さいね。」

 という言葉を思い出し、思わず口元がゆるむ。

 彼女のことを考えると、自然に胸が高鳴った。

 (これから買物に行く時は必ず行こうかな…。)

 そんな事をぼんやり考えていた私に、ある別の考えがよぎった。

 (このまま仕事を続けながら、彼女に会いに行ったりなどすれば、彼女は…。)

 ー彼女は最悪の場合消されるか、少なくとも私のせいで様々な危険に巻き込まれることになるだろう。

 しかし、私に彼女に一生会わない、という考えは浮かばなかった。

 代わりに浮かんだのはー

 ーもう、殺しはやめよう。ということだった。

 (…でも、どうすれば?)

 幼い頃から他の仕事を知らずこの仕事をしてきた私には、どうしていいかわからなかった。新しい依頼を受けなければすむ、という話でもない。もちろんそれもやめるための一歩ではあるが、私はこう見えて裏ではそこそこ名の知れた存在なのだ。故に私を潰そうとする輩も多い。

 例えば先程の奴らがそうだろう。奴らはどこかの組織の人間らしかった。名の知れた存在をツブせば、自分たちの株が上がる。

 そんなことを色々と考えていたら、結局夜が明けてしまった。

 私は、結論の出ないままに数日間をすごし、何を考えていたのかもわからなくなった頃、とある無謀な行動に出た。

 私の最終結論はこうだった。

「ここら一帯、全部シメれば早いじゃん。」

 名の知れた者は各地に存在する。しかもなかなか潰れるものでもない。ということは、わざわざ遠くからやってくる客はめったにいない、ということだ。ならばー。




 その日の夜、私はとある組織のアジトへとやってきた。この間部屋に潜んでいた8人はここの人間であると持ち物から判明した。さすがは三流ザコである。

「まずはお礼参りと行こうか。」

 私は冷たい微笑を浮かべ、そう言うと、アジトの固く閉ざされた正面玄関のドアを吹き飛ばし、堂々と中へ入っていった。ハデにドアを吹き飛ばしたので、異変に気づかないはずはない。さっそくザコ共の大群の熱烈な歓迎だ。まあ、出てくる出てくる。ざっと見一〇〇人は下らないだろう。しかしそんなものに構っているヒマはない。一〇秒後、アジトは血の海だった。

 もっと苦労するかと思ったのだが、あっさりとおわってしまった。あまりの呆気なさにワナかと思ったほどだった。その夜は、もう一つ別の組織を潰すつもりだった。ここらで一番巨大な組織だ。ここを潰せば、大きな動揺を招くことになる。そうすれば、あとは簡単であろう。

 しかし、下から潰せば肝心のやつらは逃げてしまうに違いない。さっきのは、そこまで大きくもなかったので、下から潰せばよかったのだが。

 下からが駄目なら、単純に上から行くか、と最上階から侵入した。すると、そこがまさにボスの部屋だったらしい。なんとお楽しみの最中だった。

「お楽しみのところをどーもお邪魔サマ。」

 私はふざけたあいさつをしてやった。嘲った表情で。

 どうやら相手さんはかなり逆上したらしく、真っ赤になって怒りながらこちらへ近づいてきた。ボスだって殺しのプロなのだ。私はさらにおちょくった。

「みにくいモノ見せんなヨ。せめて服ぐらい着たらどーなんだ?」

 愉快でたまらない。今やボスのカオは湯のわいたやかんを連想させた。

 相手が動いた。

 と同時に私は女の方へ行き、とりあえず気絶させた。叫ばれると厄介だし、はさみうちの可能性もあるからだ。そしてボスとの一騎討ちとなった。さすがに巨大組織を統率するだけのことはあある。なかなかの強敵だった。

    ー翌朝ー

 新聞・テレビは大にぎわいだった。『大量殺人発生‼︎組織同士の抗争か⁉︎』テレビや新聞が『組織』と言うのは不思議な感覚だ。さすがに〝暗殺〟組織とは言わないが、とりあえずまともな組織でないことくらいは世の人々もよくわかっていることだろう。

 

 

 私はまた家でダラダラとすごす日々だった。家の中は散らかり放題だ。もうそろそろ食料も底をつく。…が、外に出られるザマでもなかった。

「痛ッ…。」

 腹部に巻かれた包帯がだんだんと赤くなっていた。さすがに巨大組織のボスは無傷で仕留められる程甘くはなかった。しかしこんな傷くらいで音を上げていてこの仕事がつとまるはずもない。…とはいうものの、普通の人間なら入院モノだが。かといって、こんな時期に医者にかかるのは、少し不用心な気がした。

 大したことはないだろう、と思っていたが、意外に傷は深いらしい。そのままソファにもたれてうとうとしかかった頃、カタン、と小さな音がした。

 うとうとしかかって油断していた私はとび起きた。

 警戒していると、外からコツコツと小さくノックする音がした。

 (ノックしたー?)

 普段の客人たちにそんなバカな事をする奴はいない。ドアを開けると、そこには黒く長い髪のー…彼女が立っていた。

「あ…。こんにちは。お邪魔でした?」

 相変わらず綺麗な声をしている。

「あ…。いや…。別に、ヒマだけど…。」

 と言って、ようやく自分が情けないくたびれたパジャマ姿であることに気がついた。急に恥ずかしくなって、焦った。

「※♪★♨︎☺︎∵⁉︎」

 意味不明な宇宙言語を発している私を見て、彼女は思わず笑い始めた。

「あははは…おっかしいー……え?」

 笑っていた彼女の顔が急に変わった。彼女の視線の先にあったのは、私の赤く染まったパジャマだった。私は急いでフォローしようと大したことはない、と言ったのだが、彼女は私を部屋へ押しこめ、自分も入ってドアを閉めた。

「こんなに出血してて、平気なワケないじゃない‼︎」

 確かに平気ではないが、動けないほど重傷ではないのだが。しかし、彼女は目に涙をためて、私を見上げていた。私はぎょっとした。彼女を泣かせるつもりはなかったのだ。

「とにかく‼︎傷は治してあげますから、そこに横になって下さい‼︎」

 私は不思議に思いながらも、ひけ目もあって彼女の言う通りにした。

 すると彼女は私の傷に手をかざし、目を閉じた。髪の色があの日の銀に変わり、手から淡い光が発せられた。ほんのり暖かいような、ひんやりとしているような妙な感覚だったが、心地よかった。

 しばらくして気がつくと、また眠っていたらしかった。なんだかいいにおいがする。

「あ、気がつきました?途中で寝ちゃったみたいだから、そのままにしておいたのですけど…。」

 そう言う彼女はエプロン姿でおたまを持っていた。その姿に驚いていると、

「あ、お腹すいてますか?一応勝手にお料理作っちゃったんですけど…。あ、野菜スープとドリアとか作ってみたり…。」

 彼女は少し気恥ずかしそうに言った。

 

 

 

 彼女が食事の準備をしてくれている間、ぼーっとした頭でさっきまでの出来事を整理していた。そしてふと気付いて、腹の包帯を外してみた。

 ー傷がきれいさっぱり消えていた。

 いつまでも血のついたくたびれたパジャマを着ているのもどうかと思い、着替えた。その後、散らかり放題の自分の部屋を見て、がく然とした。

「あ、羽式さーん、できましたよ〜。」

 彼女が隣のキッチンから呼ぶ声がした。

 

 彼女が作った食事はとてもおいしかった。今まで食べたどんな食事よりも。

 なんとなく部屋が暖かい気がした。私はしばらくじっと彼女を見ていた。そんな私に気づいた彼女は、不思議そうな顔をしてみせた。今は彼女の髪は黒く戻っている。長い沈黙の後、先に口を開いたのは、やはり彼女だった。

「どうして、あんな傷を?」

 私は回答に困った。まさか、あんなことをしたなんて、言えるはずもない。テレビではなんとも悲惨な映像がバンバン流れているのだ。すると、彼女は

「やっぱり、アレ、羽式さんが?」

 なんとも敵わない。しっかりバレてるし。

「うん…。」

 私は認めざるを得なかった。そこまで言われてしまったら。

「どうして、とは言わないけど、あんまりムチャしないで下さいね。」

「はい…。」

 君のため、なんて口が裂けても言えない。私はうつむいているしかなかった。それでもなぜか口元がゆるんでしまう。こんなに時間をゆったりと暖かく感じたことは今まで生きてきた中に一度もなかった。

 長い長い時間が過ぎ、日も暮れかかり、彼女は帰るらしい。帰り際、彼女は

「じゃあ、また。あのカフェにいますから、また来て下さいね!」

 と言った。

 私は広場まで見送り、そこからまた彼女の後ろ姿を見つめていた。彼女の姿が見えなくなって、家に帰る時も、帰りついた後も、暖かいものに包まれているような気がした。

 

 

   二日後ー

 

 予想通りに食料もきれたので、市場へ買い出しに出た。そうしてあのカフェに寄ることにした。店に入ると、あの笑顔が出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ〜。あ、こんにちは!」

「…こんにちは。」

 この二日間、ずっとどこへ行っても、何をしていても、考えているのは彼女のことばかりだった。そして、彼女のことを考えていると、心が暖かい。あの後、私は散らかりまくった部屋を必死に片付けた。彼女が来るわけでもないのに。しかし、二度とこんな失態はさらすまいと思った。他の誰が来ようと構わないが、あの子に見られたことがひたすらショックだった。よりにもよって。彼女に。こんな汚い部屋をー。一生の不覚だ。

 ーしかし、なぜ私はこんなにも〝彼女〟にこだわっているのだろう。

 他の誰よりも、なぜ〝彼女〟なのか。自分でもよくわからなかった。

 しかし、それは彼女に会った時確信に変わった。

 ー私は、いつのまにか彼女を好きになっていたのだ。いや、いつのまにか、というより、たぶん初めて会った時から。あの吸いこまれそうなコバルトブルーの瞳。雪のような銀の髪。すべてが印象深かった。

「どうかしました?」

 はっと現実に引き戻された。

「あ…いや。」

 私はあいまいな返事をして、いつものカフェオレを注文した。あれ以来、何度かこの店に訪れたが、必ず注文はカフェオレだった。私の定番メニューである。

「おまちどおさま〜。」

 いつものほんのり甘いカフェ。香りたつ湯気の向こうに彼女の笑顔が見えた。私はその笑顔をじっと見つめていた。

「?…どうかしました?」

「いや…何でもないよ…。」

 いくらなんでもいきなり〝好きだ〟なんて言えなかった。人を殺るのよりも難しい。今までの人生にないことだからだ。私にとって〝暗殺〟というものは買い物に出るよりも〝自然〟なことだった。でも、その逆で、誰とも深く関わることのなかった私にとって、〝人を好きになる〟なんて思いっきり不自然なことだったのだ。帰り際もずっとそんなことを考えていた。


 私がこのあたり一帯をシメてから数ヶ月、平和な日々が続いていた。もうさすがにこの界隈で私に手を出そうなんて命知らずはいないらしい。私は今や失業者である。毎日、何をするでもなくゆったりとすごしていた。で、今日は広場のベンチでぼーっとしている。時刻はちょうど正午頃。お昼どきである。それでも私はぼーっと座っているだけだった。

 (昼時はカフェも混んでいるし…。どうしたものか…。)

 目の前を通りすぎる楽しそうな親子、にぎやかな家族連れ…。何の気なしにそんな光景を見ながらやはりぼーっとしていた。

「平和だな…。」

 今までの自分の人生がうそのようだった。殺るか殺られるか。そんなものは今、目の前に広がる光景には全く関係ない。これが「普通」の生活、というものなのだろう。

 しかし、人気がひいたころ、急にその平和は乱された。何かがこちらにやってくる。しかもすごい勢いで。

「ちょっ…お待ち下さいってば!止まって下さいよォ〜〜〜。」

「やだぁ〜〜〜〜。」

「やだじゃありません!こっちの身にも…なって下さいよ…。づっ…づがれだーーー。」

「ふーーーんだ。やだもん帰らないもーーーーーーん。」

 大声でこんなやりとりをしている。どうやら大人と子供のようだ。そしてついにその二人は広場へやってきた。大人は私に気づいたらしく、傍観している私に向かって、

「そこのちっこいの捕まえて下さいッ」

 と言う。

 ちっこいのって…。さっきまで敬語を使っていたような。まあいいか。このまま騒がしくされるのも嫌なので、とりあえず捕獲に参加することにした。ちっこいのはこちらへ向かってくる。そして、捕まえようとした瞬間ー。

 見事にかわされた。

 大人は相変わらず追いかけている。

「……。」

 私はゆっくりと屋台へ向かった。なぜあの大人はこういうもっと単純なことにきづかないのだろうか。

「ソフトクリーム一つ。」

「はーい。」

 二人は噴水のまわりを一周し、またこちらへ近づいていた。

 私はソフトクリームを受け取り、ちっこいのが通るであろう場所へと向かう。ちっこいのがこちらへ向かってきたところに、かがんでソフトクリームを持って待ち伏せした。思った通り目を輝かせ急ブレーキしてソフトクリームの前で止まった。

「これ食べていいの?ねェ。食べていい?」

「ああ、いいよ。」

「ほわぁ〜〜〜。」

 ちっこいのは見たところやんちゃ盛りの少年だった。私がソフトクリームを渡してやると、噴水のはしにちょこりと座り、無我夢中に食べている。そこへ大人が追いついてきた。

「はー、はー、あー、つかれたーーー。あんなに苦労して追いかけてきたのに、こんなにあっさり止められると、なんだかフクザツな気分ですね。まあ、とりあえずありがとうございました。あ、ソフトクリームの代金を…。」

「ああ。別にいい。」

「いやいや、そんな。どうぞお受けとり下さい。」

「いや、だからいいって…。」

「いーやいや、そんな。ご迷惑おかけできません。」

「別にそんな大したモンでもないだろう。いいって言ってんだよ。」

「そんなそんなそんな。さあさあご遠慮なさらずに…。」

「だからいいって‼︎」

「受けとって下さいっつってんだろ!」

 そんなやりとりで口げんかをする二人を、少年はおいしそうにソフトクリームをほおばりながら見ているのでありました。

 

 しばらくしてー

 

「いいかげんあきらめろよ!いらねェッての‼︎」

「そっちこそいいかげん観念して受けとりやがれ‼︎」

 …まだ二人のけんかは続いていました。そんな二人のすそをひっぱる何かが…。

「ねェ〜。もうソフトクリームないの?もっと食べたいぃぃぃぃー。」

 二人ははたとけんかをやめ、二人を見上げるちっこいのを見た。そして大人の方が答えた。

「もうダメですよ、紫音様。それ以上食べたらお腹こわします。」

 紫音と呼ばれた少年は不満そうにほっぺをふくらましていた。しかし、紫音のおかげでけんかのことはうやむやになったらしい。

「あ、申し遅れました。私はこの帝国の副将軍の礱磨ろうまと申します。今は、この紫音様のお守りってトコですかね。」

「はぁ…。」

 紫音はなぜか私のズボンのすそに取りついていた。そして…。恐るべし、子供の体力。

「ねェー、遊んで〜〜〜。」

「……は?」

「遊んで遊んで〜〜〜〜。」

「……やだ。」

「あぅ…う…う…。」

 (ま…まずい。これは…‼︎)

「うわああぁぁぁぁあああんんん」

 広場中に響きわたる凄まじい大音量。思わず耳をふさぐ。そして隣にはあわてふためく礱磨。

「あわわ…。紫音様、泣きやんで下さいよ。紫音様〜〜〜。」

 そして、どこからか取り出したキャンディをさしだす。

「はぅ…。」

 ぴたりと泣きやむ紫音少年。さすが子供というべきか。アメひとつで泣きやむとは。

 …と思っていると、礱磨はこちらに向きなおり、何か言おうとした瞬間ー

 

 ガガガッ

 

 ー広場に数本のナイフが刺さっていた。礱磨は〝チッ〟と舌打ちして素早く剣を抜き、戦闘態勢に入る。この反応からして、どうやら狙われているのは彼らの方らしいが、油断はできない。それに、私が見たところ敵は少なくとも3人はいる。彼が少年を守りきるには少しキツいかもしれない。………。殺るか。とはいえ、いつもの仕事とは違った。いつもは、ただ依頼に従って殺すだけ。でも今は…。自分の意志で、他人を〝守る〟ために…。

 次の瞬間、勝負はついた。木のかげから3つの死体があらわれた。いずれも心臓を一突き。腕は落ちてないらしい。

「え…。」

 礱磨は唖然としている。そのあと、諸々の事情を説明した。礱磨は特に驚いた様子もなく、

「そうですか。暗殺者でいらしたんですか。紫音様を助けて下さり感謝致します。これは是非、零星れいせい陛下にもご報告申し上げねば。どうぞ城までいらして下さい。」

 とのたまう始末。

 (いいのか、暗殺者をそんな簡単に城に招いて…。)

 しかし、また断るとまた言い争いになるかもしれない。それに、城には入ったことがないし、ヒマだし、何も言わずお呼ばれすることにした。その後、城につくまでにいろいろと聞かされた。そこののほほんとした少年がこの国の第五皇子であるということも。今はおとなしく礱磨に抱きかかえられているが、毎日が戦争のようだそうだ。一番驚いたのがこの副将軍、なんと私と同い年だと言う。(年上かと思った…。)

 そうこうするうちに宮殿へ到着した。初めて足を踏み入れる宮殿。思わず感嘆のため息が出るほどの立派なつくりだ。程なく玉座の間へ通された。

 正面の玉座には堂々とした風格の男が座っている。皇帝陛下だ。礱磨としばらく話をした後、私の方に目をやった。私はいまだに入り口でつっ立っていた。皇帝は私に歩み寄り、深く礼をして言った。

「紫音を助けて下さったそうで。感謝致します。」

 …変わった人だ。ふつう皇帝がこんな行動に出るものだろうか?

「いえ…。」

「お名前は羽式さんとおっしゃるそうで。」

「あ…はい。村上…、羽式です。」

 〝村上〟。私の育ての親が最期にくれたプレゼントだった。

 

 その後、皇帝から様々な話を聞いた。ユニークな人だった。案外、こういう人のほうが上手く国を治められるのかもしれない。まだ若い人である。とは言え、私よりは年上だが。そして、午後の中庭でお茶をしながら少しの間続いていた沈黙を破って、また皇帝は話を始めた。

「そうそう。紫音を助けてもらったお礼に何かプレゼントを…と思うのだけれど。何がいいかな?」

 すっかり友達口調である。

「いや…。別にむしろ何もいらないかな、と思いますが。」

 一応敬語は使うが、何だか調子が狂う。

「う〜〜〜〜ん…。あ、職業は今何をやってるんだい?」

「え…。」

 私は答えに詰まった。〝暗殺者です。〟なんてバカみたいな答えは言えない。だいたい殺しはやめた…ハズ、だし。実質的に今は失業者である。

「礱磨から聞いた現場から察するに裏の世界の人かな?」

 私が答えに詰まっていると、皇帝陛下はのたまった。どうやら礱磨もそこは言わなかったらしい。

「いえ…ついこの間やめました。」

 こんな調子で言われては言い逃れようもない。だいたい目撃された私が悪いのだ。

「えっ。じゃあ今、何もしてないの?」

「そうなりますね。」

 別に金には困らないから仕事をする必要もないのだ。

「そうか。じゃあ、君には明日からここで働いてもらおう。うん、ぜひそうしてくれたまへ。ははははは。」

「は……?」

 この瞬間ほど驚いたことはないかもしれない。固まっている私を見て、陛下はさらにつづける。

「大丈夫大丈夫。紫音にもすっかり気に入られたようだし、ここも人手不足でな。まずは、紫音の護衛を任せよう。礱磨も一緒だから安心してくれ。それからいずれは国政にも参加してもらおうかな。裏の人なら知識は充分だろう。あ、念のため本は用意するから、ぜひとも読んでおいてくれ。ま、がんばれ羽式‼︎残念だが、私は今から会議が入っているので、失礼!」

 ちゃっ。と手をあげ、笑いながら去っていく。しばらくそのまま固まっていると、下から誰かが私の服をひっぱる。

「えへへぇ〜〜〜。」

 紫音…いや、紫音様である。

「明日から羽式もいっしょだね。あはは〜〜。」

 無邪気に笑う紫音の背後からおどろおどろしいオーラと共に現れたのは……礱磨だった。

「フフフ…明日からあなたもですか。うれしいよ。共に苦労をわかち合える仲間ができて……。」

 礱磨は半泣きだった。私は背筋に言いしれぬ何かが走ったのをよく覚えている。

 

    ーその夜ー

 あの後、城から帰ってきて夕飯をつくり、テレビを見ながらダラダラしていた。部屋はきちんと整理されている。バラエティ番組を見ながらマヌケに笑っていると…。

 コンコン

「羽式さーーん。」

「‼︎」

 私はだらしなくソファにもたれかかっていた身を飛び起きるように起こし、玄関までフルスピードで猛ダッシュした。そして玄関脇の鏡を一瞬チェックして、ドアを開ける。

「こんばんは。今、お邪魔ですか?」

 あいかわらずドッキリする笑顔だ。彼女が来たときにもし誰か客がいようと、私はそいつを追い返して彼女を迎えるだろう。お邪魔なハズがない。

「いいや。全然。」

 そう言うと彼女はホッとしたように言った。

「はー。よかったぁ。実は、今日は暑いし夏の定番、カレーを作ってみたんだけど、作りすぎちゃったから羽式さんといっしょに食べようかと思って。」

 そう。今は道も焼けつく夏である。今日もかなり暑い日だった。それに彼女の料理は絶品だ。私は嬉々として彼女を招き入れた。

 しかも私はちょうど夕飯が出来たところである。一気に豪勢な夕飯となった。二人でバラエティ番組を見て笑いつつ、にぎやかな食事を楽しんだ。

 夕飯が終わってしばらくした頃、彼女は急に私に言った。

「やっぱり、笑ってるほうがいいですよ、羽式さん。」

 私はぎょっとした。

「え……?」

 すると驚いたままの私ににっこり笑って彼女は言葉を続けた。

「初めて会った時は、正直言ってちょっと怖かった。でも同時になんだかさみしそうな感じがした…。でも、羽式さん会った頃よりずいぶん変わりましたよ?今のほうがなんだか…、いいです。以前はなんだか思いつめてるような…そんな感じがしてたもの。今は、なんだか周りの空気が軽く見えます。」

 そう言われると、なぜか自然と笑みがこぼれる。

「そうかな…?」

 そう言いつつ、彼女が私を見ていてくれたのかと思うと、うれしかった。

 他人ひとからそんな風に言われたのは師匠…私の育て親以来で、なんとも言えない暖かいものが心にあふれ出てくる気がした。そしてー

「…え?」

 今度は彼女が驚いた表情でこちらを見ている。

「羽式さん…今、なんて?」

 彼女は少し顔を赤らめ、私にそう聞き返した。私もつい口をついて出た言葉だったから、言いおわって今さらながら照れる。互いに顔が真っ赤である。

「だからー」

 

 

     翌日ー

 午前中は私の就任式とやらが行われた。役人は、着物着用が原則らしい。守っている奴はほとんどいないが、せっかく陛下から支給されたことだし、明日から着てみようかな…と思いつつ、その制服?についてのちょっとした疑問をこっそり陛下に聞いてみた。

「なんで黒いんですか?この着物。」

 陛下はいたずらっぽく言った。

「え?だって昨日黒ずくめだったし。紫音もそのほうがわかりやすいかと思って。あっはっは。」

 あっはっは。…って。と、思っていると陛下からのお言葉。

「あぁ。午前は一応これで終わりだから。それから昼ごはんは各自で。外で食べてきてもいいし、朝言っておけばシェフ達がつくってくれる。あ、これタダだから。弁当も可。昼は十三時から仕事だから。別に今の君にはこれは関係ないだろうけど。とりあえず紫音が逃げたらつかまえる、遊んであげる、くらいかな。仕事は。ああ、あの子は私に似て気まぐれだから気をつけて。以上‼︎」

 げっそりしつつ答える。

「大変わかりやすい説明をどうも…。」

 その後、とりあえず昼ゴハンを持ってきていないので家へ帰るか、と思いその帰路の途中…。

「あ、羽式さーん。」

 通りの向こうから手を振っているのは、言うまでもなく雪華だった。こちらへ走り寄ってくる彼女は、何か四角いものを抱えている。

「ふぅ。間に合ってよかったー。今日、実はお弁当を作ったんです。昨日、今日からお仕事だって言ってたから…。」

「ありがとう。」

 そう言って受け取る。彼女は微笑みをたたえていた。

「お仕事、がんばって下さいね。」

「うん、あ、今夜の夏祭り、一緒に行かないか?」

「いいですよ。じゃあ、十九時くらいに…。」

 

 

     十九時ー

 広場で待ち合わせをした私たちは時間通りに落ちあい、夏祭りへ出かけた。雪華は水色の涼しげな浴衣を着ている。二十一時からの花火大会にはまだ時間がある。私たちは屋台を回って時を過ごした。

 

 射的ー

「へっ…。」

 四発中四発を見事にど真ン中にブチ込んだ私を前に、店のオヤジは固まっていた。

「羽式さん…。」

 その様子を見ていた雪華は申し訳なさそうに店員と私を交互に見ている。

「………。」

 そんな私も固まっているオヤジに困り果て、雪華とオヤジを交互に見ていた。

 しばらく後、オヤジは魂を取り戻し、私たちに賞品のぬいぐるみやら何やらを渡してくれた。

 店を出るとき、〝いやー、参った参った。〟などと言っていた。

 その後は、タコヤキやわたがしなどいろいろ食べたりして、二十時半をまわる頃、場所とりのために川原へと急いだ。

 

 

     二十一時ー

 ドーーーーーーン

 花火がはじまった。一発目のあと、少し顔を見合わせ、お互いに笑ってまた花火に目を移した。夏の夜空に咲いては消える花を、二人でいつまでも見ていた。

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