第43話、純白と二人で

 テストが始まる前の教室。


 周りのクラスメイトは一夜漬けだとか、全然勉強して来なかったからやばいと、今になって出題範囲の確認をしたりと騒がしい。


 テストの開始まで時間は残っている、最後の追い込みに余念のない生徒達で溢れていた。


 その中で俺は机に教科書もノートも広げず、ただゆっくりと時間が来るのを待っていた。やれる事はやったのだ、今はただ積み上げてきた努力を信じるしかない。


(純白はどうしているだろうか)


 俺と純白は同じクラスではない。俺が二組で、純白は一組だ。


 教室を隔てる一枚の壁の向こうで、純白はテストに向けて何をやっているだろうか。


 二人でやったテスト勉強のおかげで、出題範囲については俺も純白も完璧と言える程までになっていた。


 だが、それでも油断は禁物だろう。


 最初に行われる数学のテストは、問題の解き方を理解して答えを導く力を持っていても、ふとした拍子にうっかり間違いを犯してしまう事もある。計算ミスのように出来ているつもりが間違っていたり、そういうミスは珍しい事じゃない。


 だから焦らず、落ち着いて、何度も見直しをしておくことが大事だ。


(でも……)


 やはりテストの直前になると、あれだけ勉強してきたというのに不安を感じてしまうもの。自分でも落ち着く事が大事なのだと分かっているはずなのに、時計の針がテストの開始時間に近付くにつれて心臓の鼓動が早くなっていく。


 このテストは俺と純白が一緒に居続けられるのか、それを左右する分岐点。


 俺と純白の未来はここで決まる。そう考えるだけで自然と手に汗を握っていた。


 一度目の人生で経験した大学受験でもここまでのプレッシャーは感じなかった。大学時代に受けた第一志望の企業面接でもこんな気持ちになった事はない。


 からからに乾いた喉、微かに震える体、額を伝っていく汗。全てが緊張を物語っていた。


 タイムリープしてきた今の俺が、一度目の人生を振り返っても、これ程までに頑張ろうと思える事はなかった。大好きな純白と幸せな未来を掴み取る、その希望を胸に突き進んできた。


 だが、その抱いた希望の分だけ俺にのしかかってくるプレッシャーは重い。もしも失敗すれば……そんな不安が押し寄せてくるのだ。そして同時に思い浮かぶのは純白の事。


(純白……)


 俺は顔を上げて壁にかけられた時計を見る。テストが始まるまであと15分、5分前には着席している必要があるからまだ時間は残されている。


 純白と俺は血が繋がっていなくとも心は繋がった兄妹だ。それならきっと純白だって、俺のように緊張して、不安に押し潰されそうになっているはず。


 そんな純白を元気づけたい。純白に会いたくなってしまう。


 いや違うな。

 会いたいんじゃない、会わなければいけないんだ。


 俺と純白は二人で一つ、お互いを支え合う関係だ。不安に押し潰されそうな時、目の前が真っ暗で何も見えなくなった時、俺達は手を取り合って、互いの温もりと優しさを、前に進む力に変えていく。


 純白の所に行かなければ。

 俺が椅子を引いて立ち上がって、教室から飛び出した時だった。


「「あ……」」


 目と目が合う。

 

「純白」

「兄さん」


 俺の黒い瞳には純白が、純白の青い瞳には俺が、それぞれ映し出されていた。そして互いの姿を見つめ合った後、俺達はゆっくりと歩み寄る。


「純白、テスト前で緊張してるかなって。それで会いに行こうって」

「わたしもです。兄さん、不安じゃないかなって。だから兄さんの教室に」


「やっぱり俺達って兄妹だな。考えている事、一緒なんだ」

「はい。兄さんが何を考えているのか、手を取るように分かります」


 こうしているだけでさっきまでの重苦しい気分が嘘のように晴れ渡っていく。


 俺が純白の不安を取り除きたかったように、純白も俺の緊張を和らげようと、俺達二人は同時に席を立ったのだ。


 それが嬉しくて、幸せで、つい笑みが溢れてしまう。


「ふふっ、兄さん。落ち着きますね」

「ああ。俺も落ち着いたよ。純白のおかげで安心出来た」


「さっきまで不安で不安で仕方なかったのです。でも今は違います。兄さんと顔を合わせて、声を聞いただけで、晴れ晴れとした気分になりました」


「俺達なら出来るよ。今まで二人で頑張ってきたんだ。二人で乗り越えよう」

「はいっ! 兄さんとわたしの二人で乗り越えましょう!」


 満面の笑顔で返事をする純白、俺も全力の笑顔を返す。


 お互いに不安や緊張を抱えていたが、それは一瞬にして消え去った。俺達は一緒に居ればどんな困難も乗り越えられる、二人でいれば無敵になれる。それを今、実感出来た。


 俺と純白は笑顔で言葉を交わした後、それぞれの教室に戻っていく。


 もう怖いものなんてない。


 大きく深呼吸した後、俺は席に着く。テスト開始時間の5分前になると教師も現れて、クラスメイト達に問題用紙を配布し始めた。


 やってやろう、純白。

 俺達二人で最高の結末を掴み取ろう。


 学校中に響くチャイムの音と共に、俺は問題用紙を表に返した。

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