第24話 お受けするわ


「……そろそろ、姉さんに飲み物を持って行こうかな。エリオット、君は姉さんをダンスに誘ってみるか?」

「いやー、さすがにルバート伯爵とかロフロス殿下に睨まれるのはまずいので遠慮するよ」

「まあ、そうだろうね。では、ジュリア嬢は?」

「え? 私が誘ってもいいのですかっ!?」

「女性なら角は立たないと思うよ。誘ってみる?」

「喜んでっ!」


 ジュリアは目を輝かせた。

 そして、シリルが動くより先に小走りでフィオナの元へ行き、ルバート伯爵に丁寧な礼をしてから本当にダンスに誘っている。

 フィオナも、笑顔で応じたようだ。

 息を呑んで見守っていた近くにいた令嬢たちが、ぱぁっと顔を輝かせているから、この後は女性同士の華やかなダンスが広がりそうだ。

 

「……んー、なんだかちょっと妬けるね」

「そうだね、君と踊る時より、ジュリア嬢は楽しそうだ」

「えっ?! そ、それは仕方がないと思うぞ。相手はフィオナ嬢だから!」


 エリオットはなんだか必死だ。

 そして真剣な顔で「次の曲は絶対に誘おう」などとつぶやいている。

 しかし、その計画はなかなか実行に移せない。フィオナを誘えない若い令嬢たちが、次々にジュリアにダンスを申し込んで「間接手繋ぎね!」とはしゃいでいた。


(あそこ、本当に楽しそうだな……)


 思わず苦笑したシリルが周りを見ると、若い男たちが羨ましそうに見ていた。どちらを羨んでいるのやら。

 そんな中、ちょうど曲が終わったタイミングでルバート伯爵がフィオナにダンスを申し込んでいた。

 さり気なく押しが強い人だ。

 だが、そのやり方はフィオナを不快にさせない範囲だし、踊っているフィオナはそれなりに楽しそうな顔になっている。


(悪い感触ではないみたいだ。もう姉さんに縁談のことを話すべきだな。条件次第では、これで決まるかもしれない)


 フィオナに話すタイミングはシリルに任せられている。

 弟として一通り案じたシリルは、カーバイン公爵の後継者として冷静に決断した。




 帰りの馬車の中で、シリルは姉フィオナに質問をしてみた。


「姉さん、今夜はルバート伯爵と話していたけど、あの人のこと、どう思った?」

「嫌な感じはしなかったわ。でも、少し変わった表現をする人なのよね。確か……『銀色の髪は消えてしまいそうな美しい色なのに、あなたはとても強くてまぶしい』だったかしら。とにかく『消え入りそうな』とか『はかない』とか、そんな言い方をするのよ。これ、どういう意味だと思う?」

「え? えーっと、たぶん褒めているんじゃないかな?」


 確かに表現は変わっている。

 フィオナは人形令嬢と呼ばれることはあっても、消え入りそうなタイプではないから。

 しかし、あの目の光が意味するものは一つだけだから、詩才がある人なのだろう。

 フィオナの表情も明るい。

 だから、シリルは姿勢をただして切り出した。


「……あのね、実は、ルバート伯爵から結婚の申し込みが来ているんだ」

「えっ、そうだったの?」

「僕たちも用心深くなっているから、徹底的に調べまくったよ。でもどれだけ調べても本当に何も出てこない。本人はあの通り穏やかな人で、それでいてかなりの切れ者なんだよね。爵位は伯爵だけど、東部の領地ははっきり言って広大で豊かだ。王都があまり好きじゃないのか、領地からほとんど出てこない人だし、家格にしては地味な生活らしいけど、姉さんは派手好きじゃないから、そこは問題ないよね。伯爵領そのものは外部と遮断しているわけではないし、嫁いで行ったとしても退屈はしないと思う」


 シリルは口を閉じて姉の反応を待つ。

 しばらく考えたフィオナは、やがてにっこりと笑った。


「シリルが認めているのなら、間違いなく良い方なのでしょう?」

「それは保証するよ。父上も悪い評価はしていない。でも姉さんの気持ちが大切だと思っているから、まだ返事はまだ何もしていないよ。……どうする?」

「もちろん、お受けするわ」


 フィオナはそう微笑み、ひらりと扇子を広げる。

 満面の笑顔は、しかし本来のフィオナの表情ではない気がした。

 シリルは一瞬眉をひそめたが、緩やかに動く扇子のせいで、馬車の外を見る姉の美しい顔はよく見えなかった。




   ◇◇◇




「フィオナに、おかしな噂が流れていたようだな」


 薄暗い部屋の中、カーテンで仕切られた向こう側からため息混じりの声が聞こえる。

 恭しく頭を下げていた男は、一瞬体を強ばらせて黙り込む。しかしすぐにさらに深く頭を下げた。


「申し訳ございません」

「そなたのやり方はいつもやり過ぎに思えたが、こたびの噂はいつにも増して好ましくはなかったぞ。不実な虫を炙り出す目的を達しても、若者たちが身をすくませてしまっては意味がないではないか」

「噂はすでに消えています。何より、誠実な人間は実態を伴わない噂など気にしないかと」

「確かに、あの子が引き寄せてしまう運命の出会いとやらはそうであろうがな。……まあよい。どうやら今度は順調なようではないか。以後も、そなたの役割を果たせ」

「御意」


 深々と頭を下げた男の髪は黒い。

 やがてカーテンの向こうの気配が去り、薄暗い部屋は男一人になった。


 ゆっくりと顔を上げ、目元に落ちていた髪をかき上げる。額の傷跡があらわになり、男はため息をつく。

 緑色を帯びた白い目は暗く、整った顔はどこか疲れたような表情が浮かんでいた。

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