公爵令嬢の男漁り

第7話 夜会


 貴族が顔を広げる場はいくつかある。

 単純に言えば、人々が集まる場所で伝手を頼りに紹介されればいい。

 だから、自分から結婚相手を見つけるために行動を始めようと思い立ったフィオナも、そういう場所へ行くことにした。


 フィオナは公爵令嬢。今までは自ら積極的に動かなくても、周囲に勝手に人が集まって来る立場だ。それに、今まではあくまで両親や周囲がお膳立てした縁談を吟味するだけだった。

 だから、男女の出会いとなるような場にはあまり出たことがない。


 しかし、これからは機会は積極的に利用するべきだ。

 そう考えて、まず人の中に入っていくことをアピールしていこうと決めたのだが……。


「ねえ、シリル」

「……何かな、姉さん」

「夜会って、こんなに孤独になるものだったかしら」

「…………珍しいケースだろうね」

「そうよね。よかったわ。私の認識がおかしいのかと思った」


 そうつぶやいたフィオナは、本当にほっとした顔をした。

 若い男女の出会いの場といえば、やはり夜会だ。

 王宮舞踏会ほど大規模ではないが、気楽に会話を楽しめる場。父カーバイン公爵のところには夜会の招待状はたっぷりと来る。

 その中で、比較的若い男女が集まる場所をシリルと吟味して、勇んで参加したのだが……。


 あからさまに遠巻きにされている。

 巻き込まれて、無理矢理に同行させられているシリルは、ため息を噛み殺して表面上は和やかな笑顔を作って姉にささやいた。


「姉さんは公爵家の令嬢だからね。大物中の大物がいきなりやってきたから、出方を見ているんだと思うよ」

「確かにそういうものかもしれないわね。あら、そう言えばシリルは公爵家の令息だわ。私、同行者の選定を間違えてしまったのね」

「……えっ? 僕のせいなの?! そりゃあ僕も夜会にはあまり出ないけど、この空気は絶対に姉さんが原因で……! ……いや、僕たちのせいではないな。今日の主催者、お気に入りの愛人の売り込みに夢中のようだから」


 一瞬だけ真顔になったシリルは、視線で広間の向こうを示す。

 しかし顔だけを見ていると姉弟で和やかな会話をしているように見えるだろう。フィオナも「人形のように表情がない」と言われる顔に、鏡の前で練習した友好的に見える微笑みを張り付けて、その方向にさり気なく目を向ける。


 特に目を凝らすまでもなく、今夜の夜会を主宰しているアリーダル伯爵夫妻がいた。

 夫妻と言っても、伯爵である夫と、伯爵夫人である妻はお互いに少し離れたところにいる。そして、どちらもその近くに若い異性がいた。


「愛人というのは、音楽家と、歌劇のプリマドンナだったかしら」

「逆だよ。あの美女が作曲家で、赤毛の男はダンサーだね。なにも夫婦で同じ歌舞劇団に愛人を集めなくてもいいのに。あれでよく円満にやっているよ。……その点、うちの両親はのんびりしていて和むなぁ」


 シリルは最後はため息まじりにつぶやく。

 弟の言い分は、フィオナとしても全面的に同意したい。

 出会いは政略的な見合いのはずなのに、姉弟の両親は円満だ。そういう意味で理想の姿だと思っている。


「ということで、主催のアリーダル伯爵夫妻はあの状態だから、あぶれ者にうまくダンスの相手を紹介してくれるような配慮は期待できないと思うよ。だから僕たちはもちろん、こういう場に慣れていない若い連中はあの状態だ」

「……あら」


 シリルが新たに示した方向を見て、フィオナは小さく首を傾げた。

 若者たちが、所在なさそうに立っている。どうやら同性の友人たちとは会話ができているようだが、一番の目的のはずの異性との出会いには至っていない。

 フィオナがさり気なく目を動かすと、彼らとすぐ近くのテーブルにはやはり若い令嬢たちがいるが、飲み物を手にしてチラチラと男性陣に目を向けているものの、こちらもきっかけをつかめずにいる。


 フィオナは納得したように、小さく頷いた。


「ということは、私が浅ましく動いても仕方がないわよね。『男漁りを始めました』とアピールするために、堂々と未婚の男性たちに声をかけていくわよ」

「えー、そういう考え方になるの? ……まあ、いいか。とりあえずそこのテーブルの集団は、全員婚約していないけど……」

「好都合!」

「待って! 年齢が若すぎるから!」

「私は将来性を見るのは得意よ!」


 フィオナは弟シリルを引っ張って、手近なテーブルに近寄った。

 おそらくシリルと同年代の、若い集団だ。

 近付くフィオナを呆気に取られたように見ている。もしかしたら、引っ張られているシリルに驚いているのかもしれないが、フィオナにとっては些細なことだ。


「あー、ほら、いきなり乗り込むと、向こうが完全に萎縮してしまって……」


 シリルが背後でため息をついているが、フィオナは全く気にしない。

 もともと、フィオナは感情を表に出すことが苦手なだけで、しっかりした信念は持っているし、積極的に行動できる性格なのだ。

 いつもの人形のような薄い微笑みではなく、高慢だが大輪の薔薇のようなと称される美しい微笑みでもなく、うんざり顔のシリルに採点をさせて会得した友好的な微笑みを浮かべる。

 生来の美貌はそれだけでも迫力があるのに、特訓の成果の微笑みは極めて美しい。

 一瞬、我を忘れたように見惚れてしまった若者たちをぐるりと見回した。

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