脱出させ隊③

 彼ら四人が煙幕の発生源に到着したのはほぼ同時刻だった。

 時間にして一分足らず。

 五階層に分かれ、踏破するのに数十時間から数日はかかると言われているメライヤ洞窟。

 その四階層の深部へ一分足らずだ。

 深いけむりの中、勇者へとどめを刺そうとする蜘蛛の形をしたモンスター、それらの向かう先を立ちはだかるような形で四人は立つ。


『デススパイダー五体。なにこれ、昨今の勇者様はこんなのに苦戦するわけ?』

『仕事中にクライアントの悪口とは良いセンスですね。彼らはアイテム屋で脱出玉だけ買って、解毒薬や痺れ消しを買っていきませんでしたから、当然と言えば当然ですよ』

 見下すように鼻を鳴らす少女と、それをたしなめる青年。

 彼らは悠々と会話をしているが、口元は全く動いていない。


 脱出させ隊、隊則その一。

 絶対に声を出してはならない。

 クライアントに正体が知られないように声を出さず、テレパシーで話す必要があるのだ。

 なおスキル『テレパシー』の入手は脱出させ隊の加入必須条件となっている。


『ま、まあまあ。それで、もうやっつけちゃっていいんですか?』

『さすがにまだ勇者が近いなあ。いつも通り、まにゅある通りにやるど』 

 うずうずした様子で双剣を持ち上げる少年の腕を大男は押さえる。

 三人は大男の発言に頷き、臨戦態勢を取った。

 視界は煙幕で一メートル先も見えないような状態であるはずなのに、彼らが武器を構えた先にはモンスターたちがいる。

 視線は既にモンスターを捉えていた。

『それじゃあいきますよっと』

 青年の合図と共に彼らはモンスターの群れに肉薄する。


「「「「「ギガギガガッ!?」」」」」


 モンスターたちは突然現れた格上の戦士たちに動揺したような声を上げた。

 咄嗟に猛毒を吐こうとするが、猛スピードの彼らに照準を合わせることはできない。

 あっというまに背後を取られ、羽交い絞めにされてしまった。

 青年と少年と少女は一匹を絞め、大男は二匹を担当する。


 短い毛の生えた四対の足をじたばたを動かし、どうにか脱出を試みるが、四人の腕はびくともしない。

 糸を吐いたり、噛みついたり、毒を吐いたり。

 ゼロ距離の攻撃はどれも四人にヒットするが、彼らはひるまない。

 なんだったらダメージもデバフも状態異常も何一つ受けていない。

『うー気持ち悪い!』

 ぐいと少女は締め付けを強くし、蜘蛛の足の何本かがあらぬ方向に曲がって、悲痛な叫びを上げた。


 彼らはポケットの中から団子を取り出す。

 茶色で無臭の怪しげな団子。

 それを蜘蛛の口を無理矢理開けて、もしくは顎を砕いて、もしくは腕を直接突っ込んで、その団子を消化器官へと入れ込む。

 すると数秒後。

 蜘蛛たちは音もなく、もがくこともなく、がっくりと意識を飛ばす。


 団子とはアイテム屋オリジナル商品『気絶玉(500ゴールド)』のこと。

 これを食べた相手はたちまち気絶するという優れモノなのだが、ぶつけたりにおいをかがせた程度では全く効力がなく、説明通り食わせなければならないため戦闘においてまるで役に立たない。

 これを食わせる努力をするくらいなら攻撃を当てた方がマシと言われているほど。

 しかし脱出させ隊はその尋常でない生命力と耐性によって食わせることなど容易であり、絶命時にモンスターが叫ばない点を評価して、好んでよく使われている。

 また自社買いの際に腐らないという点も高評価だった。


 脱出させ隊、隊則その二。

 月々五千ゴールド以上の自社買いしなければならない。

 気絶玉だとちょうど十個。

 月によってはこれ以上の気絶玉が必要になることもあるため、実際は一万ゴールド程度使うことになる。


『さ、とっとと殺すど』

 少年と少女はその言葉の次に、武器の刃をモンスターの頭に向けてストンと降ろした。

 身動きを取らない蜘蛛たちはその一撃で絶命し、反射で足を丸める。

 敗北したモンスターの群れはその瞬間に灰になり、消え去ってしまう。

 四人の目の前には灰に埋もれたドロップ品の蜘蛛の目が一つだけ。

 青年はそれを拾って大きすぎるカバンへとしまう。


 煙幕が晴れる前に、彼らはそそくさとバックヤードへと帰るのだった。

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