第7話

 自分よりも体格の大きな相手にあれだけの速さで衝突したにも関わらず、不思議なことに、まるでそよ風が頬を撫でていったがごとく彼女は平然としていた。


「……ん? どうかした? 頭とか打ってないよね? 大丈夫?」

「え……? あーいや、そういうわけじゃ。ありがとう」


 なかなか手を掴まず返事の一つもしない俺を不思議に思ったのか、彼女は心配そうに声をかけてくれる。俺はありがたくその手を借りることにした。


 彼女の柔らかい手に引き上げられるようにしてスッと立ち上がる。尻についた砂粒を逆の手でバシバシと払った。


 申し訳なさそうに片目を瞑りながら、彼女は顔の前で手を合わせた。


「いやーごめんねー。ちょっとスピード出しすぎちゃってたかも」

「いや、俺の方こそ不注意だった。申し訳ない。ちょっと目を瞑っててさ」

「ん? 目? なんで?」

「えーと、あそこに不審者がいてだな……」


 俺は彼女に説明しようと、公園のベンチの方を振り向いた。


 しかし、そこにはもう野良猫はおろか和服の狂人の姿さえもなくなっていた。


「……やっぱなんでもない。忘れてくれ」

「……? よくわかんないけどわかった。忘れるね」


 よく見れば目の前の女の子は、俺と同じ椛野もみじの高校の制服を着ていた。本来腕や肩にかけるべき学校指定のスクールバッグを、リュックサックのようにして背負っている。

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