第12話

え、今なんと?!」

今この人初対面の人に対して凄いことを言ったような気がするんだが、気のせいだろうか?


「聞こえなかったですか?ならもう一度言いましょう、私は君のことが嫌いです。」


気のせいじゃなかったようだ・・・


「えーと、どうして俺のことをそんな嫌ってるのでしょうか?」


「そうですね、理由は大きく分けて三つあります。まず初めに、依頼の対価です。いくら師匠の命令とはいえイラストレーターに対して無給で依頼をさせるのは少し法外ではないでしょうか?まあ私はまだ学生ですのでそこまでそこに関しては気にしていませんが・・・・」


「二つ目は私のキャリアの問題です。最近私は師匠のアシスタントを辞め、独立しようとしていた考えていましたがその矢先、師匠はあなたの依頼を『卒業試験』という名目で命じたのです。おかげさまでしばらくイラストのコンクールには参加できなくなりました。」


「二つ目と関連していますが三つ目が一番重要です。私は来年、某有名芸大を受験します。その推薦をもらうためには学生時代に多くの功績を残さねばなりません。今回はVtuberの立ち絵の担当だと聞いて最初は嬉しかったのですが、蓋を開けてみればお世辞にも有名な方ではないじゃないですか。チャンネル登録者数は1200人ほどでしたっけ?まあ私はどんな依頼主であろうと手は抜かないと決めているのでそこは安心しておいてください。」


そういうことか・・・

言葉自体は強いし乱暴だが確かに彼女は正しい、すべてにおいて正しかった。


俺の立ち絵を描いている暇があるならコンクールに作品を出品しようとするだろう、こんなところで俺と話す暇があるなら同人誌を買いあさって絵の研究を重ねているだろう。

俺は彼女からしたら邪魔でしかなかった。


「それでは打ち合わせを始めましょうか。」


「え?!」


「言いませんでしたか?私は依頼主が誰であれ決して手は抜きません。それがチャンネル登録者数1200人のVtuberであろうとも。」


彼女はいたって真面目だった。

プロ気質、そういったものだろうか。


「一応元々の立ち絵を拝見させていただきました。正直な感想といたしましては、『素人が描いたにしては悪くない』といったところでしょうか。よっぽど研究されたんですね、これは称賛に値します。」


「しかし、さすがに経験値というものは無視できません。ラフ画の状態から見直す必要があります。先日送っていただいた画像データを元に、一部修正を行ったのでお見せします。」

そう言って彼女はプリントされた新しい立ち絵の試作品を見せた。


「・・・・・」

声が出なかった。

完璧すぎる。

オリジナルに大きなイメージの変化が無いように修正されている箇所は極めて少ない。

いや、違和感がないように全体がごくわずかに修正されているのだろうか。

『リメイク』という言葉を体現したような傑作だった。


ただ、俺のイメージを経験値のある人が再現しただけ。

そんなことを頭の隅で考えてしまった。


「これ、すごいですね・・・こんな違和感なく全体を修正できるなんて・・・」


「まあさすがに何かを大きく変えてしまうと完全に別キャラになってしまったので原作者のデザインを尊重しました。なにかご不満な点はございませんか?」


「いえ、もうこれで十分です。強いて言うなら、花園先生のオリジナリティーを入れてほしいですね。」


「それは一体どういうことでしょうか?」


「この作品はもう俺のものじゃありません。花園先生、あなたのものです。だからこそ、先生が描いたっていう証をこの影人闇に注ぎ込んでやってください!!」


「わかりました。少し考えてみます。」


その後は、アバターの可動域の決定や細かなカラーリングなどの話し合いが行われた。

話し合い自体はだいたい1時間ほどで終わり、お昼に差し掛かる頃には解散していた。


本当に彼女は俺のことが嫌いなのだろうかと感じてしまうくらい、彼女は今回の俺の依頼を真摯にこなしていた。

彼女の実力は本物だった。

だが俺はそんな彼女の実力に見合わない存在だった。


速く、もっと速く、俺は上を目指さなきゃならない。


家に帰ったが天舞音は3Dライブの収録があって事務所のスタジオのほうにいるらしい。

俺は宿題を済ませたあと、漫画を読むなりして時間を潰した。


その頃、あるイラストレーターの家ではプロとそのアシスタントによる作業が行われていた。


「えー、結局あんなこと言っちゃったの?」


「別に構わないじゃないですか。本当のことなんですから。」


「いや、本当のことだけれどもそれは言い過ぎだよ~、今頃あの子泣いちゃってるんじゃない?」


「今泣いてるんならVtuber失格ですよ。それに、彼のために私はキツく言ったんですよ。彼をいじめるために言ったんじゃありません。」


「へ~、そうだったんだ?知らなかった。」


「いやいや師匠が最初『せっかくあの子のイラスト描くんだからなんか応援の一言でも言ってあげたら良いのに・・・』って言うから・・・」


「いや~、まさか激励をあそこまで棘のあるものに変えるとは思ってなかったからね・・・」


「ところで師匠が今描いてらっしゃるのは?」


「あー、これは姫乃琴音の新衣装よ。もうそろそろ夏だからね、あなたも水着とか浴衣描く練習しといた方が良いわよ。」


「姫乃琴音・・・か。良いな・・・」

そうポツリと彼女はそう呟いたのだった。

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