05.先代と当代と〈災いの元〉2

 もうとっくに子供ではないので、弁当の用意は自分でやった。といっても、朝食の残り物に、おかずを少し足しただけである。

「そんなの用意して、いったいどこまで行くの」

 ティサは小さく、しかしティサを包む森は広く、行こうと思えばどこまでも深くまで行ける。けれど、集落から遠く離れたところまで行くのは、滅多にないことだ。

 二十五歳にもなる息子を小さな子供のように心配することはさすがにないが、それでも珍しいことをしていると気になるらしい。

「そんなに遠くまで行かない、ココリの木があるところだよ」

「ココリの? どうしてあんたが行くの」

 食器を片付けていた母の手が止まる。

 ココリの木は、その管理が得意な者に栽培を任されている。リアノスたちは収穫期にたまに手伝うくらいで、普段は恩恵に預かる側だ。収穫はまだ遠いこの時期、ココリの木のところに行ったことは、記憶にある限りなかった。

「アミシャが、ナートに見せてあげると言ったんだ。キーヒャや、他にも何人か子供たちがついてくる。俺は付き添いだよ」

「ナートって……あの、〈災いの元〉の?」

 今度は、リアノスが手を止めて母を見る番だった。

「そんな顔しなくても、大丈夫だよ。ナートはふつうの子供と変わらない」

 同年代の子供と比べるとこましゃくれてはいるが。

「それでも、封印されていたのはあの子だったんでしょう? 見た目は、そりゃ確かにほかの子供と変わらないけど……」

 子供たちはナートの存在をあっさりと受け入れ仲良くし、大人も他の子供と同じように接している。だが、子供たちのようにナートを受け入れているかというと、まだまだだ。子供がいないところでは、今もナートを不安視している。

「――あの子は、人間なの?」

 ナートは、子供にも大人にも、危害を加えたことはない。大人たちから向けられるまなざしに不安や不満を訴えたり、愚痴や悪口を言うのも、リアノスは聞いたことがない。

 浮き世離れしているその態度が、こましゃくれていること以上に、ナートをふつうの子供とは違う証左のように、リアノスには思える。

「……分からない」

 封印役も、いくらか歳は取るが、百年間眠る。けれど、彼らは人間だ。それは、この里の者なら誰でも分かっている。ならば、封印されていたナートも、やはり人間なのかもしれない。

 だが、ただの人間――それも子供を、〈災いの元〉だといって封印するだろうか。人間に見えるナートは、そうではないから〈災いの元〉であり、封印されたということなのだろうか。

〈災いの元〉は目覚め、ティサにいる。本人に聞くのが一番手っ取り早いが、リアノスはこれまで尋ねられなかった。

 こましゃくれているが、ナートは一見するとふつうの子供で、アミシャもそういう接し方をしている。

 封印役と〈災いの元〉は目覚めたが、それ以外の異変は、何一つ起きていない。いくつか問題はあるものの、リアノスやティサの平穏を脅かすようなものではない。

 この平穏が崩れるのが、怖い。だからリアノスは、ナートにあれこれ聞かないのだ。

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