04.困惑 2

「リアノス。フスの実はもう採れないのか?」

 ナートが抱えるかごには、赤いフスの実が五個ほど入っていた。かごにはまだまだ余裕があるが、枝に実る赤い果実はもう残っていない。

「フスの実の季節は、もうそろそろ終わりだからな。食べたかったら、来年まで待つしかない」

「来年? 年が明けたらまた食べられるのか?」

 ナートが期待に満ちた目でリアノスを見上げる。

「いや……年が明けても、すぐは無理だ。フスは暑い季節に育つ植物だから、来年の夏まで食べられない」

「そうなのか……」

 地面にめり込むのではないかと心配になるほど、ナートはしょんぼりとしていた。

「ナート。もう少ししたら、ココリとかマカットの実が食べられるようになるよ。それもおいしいんだよ」

 落ち込むナートに、アミシャが秋の実りを教える。

「ココリはね、森の中で育ててる木になるの。秋になったら、お弁当を持ってみんなで取りに行くんだよ。マカットは、あっちの方に畑があるから、後で連れて行ってあげる。まだ実はなってないけど」

 アミシャが眠りについたのは、十年前の夏の終わりだった。彼女自身が楽しみにしているのだろう、目を輝かせて教えている。それにつられ、ナートの表情も明るく変わっていた。

「それは楽しみだ。ところでアミシャ、おべんとう、とはなんだ?」

「お弁当っていうのはね――」

 まだ収穫作業中なのだが、リアノスは二人をそっとしておくことにした。アミシャはともかく、ナートは畑仕事をまったくしたことがなく、まだまだ付きっきりで面倒を見なければならないのだ。

〈災いの元〉と呼ばれて封印されていた少年が知らないのは、畑仕事だけではない。ココリやマカットだけでもない。弁当も知らず、フスの実のような果実は、次の年の同じ季節まで口にできないことすら、よく分かっていないのだ。

 子供の姿をしていて、〈災いの元〉と呼ばれるゆえんたる何かしらの力を振るうわけでもないので、ふつうの人間のように思いがちだが、やはりふつうとは違う、ということなのだろう。

だが、では、彼は何者なのだろうか。

「アミシャ、僕も食べてみたいぞ、おべんとうとやらを!」

「じゃあ、明日――は急だから、明後日。明後日、お弁当持ってココリの木を見に行こう!」

 雑草を抜いている間に二人から遠ざかっていたのだが、にわかに明るく弾む声が聞こえてきた。

「聞いたな、リアノス! 明後日だぞ!」

 聞こえてはいたが、最後の方だけだ。どういう経緯でそうなったのやら、明後日に、リアノスもココリの木を見に行かねばならないらしい。

「……俺の承諾はなし、か」

 苦笑して呟く声は、はしゃぐ子供たちにはとうてい届かない。せっかくだから他の子供たちも誘おう、と話はますます盛り上がっていた。他の子供たちもとなると、リアノスは完全に引率役だ。明後日は一日子守だろう。

「朝からにぎやかだな」

「オスタムさん……おはようございます……」

 自分の畑仕事を終えたオスタムは、我が子を連れてやって来た。オスタムの末娘のキーヒャが、ナートたちに駆け寄っていく。小さな背中を見送るオスタムの目は、どこか険しかった。

 問題は、もう一つあった。先代の封印役である、オスタムだ。

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