第2話 いらない♪ 酒以外♪ 捨ててしまおう♪

「ヒドイ! お酒が飲めないなんて! 神も仏もいないのね!」


 私は泣いた。

 オーイオイオイと声を上げて泣いた。


「なんか……面倒な人が聖女になっちゃったな……」


 梅の妖精バッカスちゃんが、呆れた声を出す。

 聞き捨てならない。

 すかさず私は反論した。


「お酒は、マイ・ソウルなのよ! 魂! 生きがい! お酒ナシの人生なんて、玉ねぎの入っていない牛丼みたいなモノよ!」


 営業終わりに牛丼屋で牛皿とビールをいただくのが、営業OLの密かな楽しみだったのよ。

 もちろん、会社には戻らない。

 直帰という素晴らしいスケジュールの日だけの愉悦タイム。


「そんなささやかな楽しみさえ奪う異世界転生なんて……、あんまりよ!」


「わかった! わかった! わかったから! もう、面倒くさいなあ……。じゃあ、お酒のある所へ行くよ!」


 私のクレームに、バッカスちゃんは、ウンザリしたらしい。

 お酒のある所へ連れて行ってくれると言う。


「バッカスちゃん、異世界にも居酒屋があるの?」


「よくわからないけど、人の住む街に行けばお酒はあるでしょ? 転移!」


 バッカスちゃんが『転移!』と言うと、目の前の風景がグニャリと歪んで見えた。

 そして、ジェットコースターに乗った時に似た浮遊感が一瞬だけあったが、私は見たことのない街の中にいた。


「えっ!? どこ!? ここ!? ヨーロッパ!?」


「ローデンブルグの街よ。大陸の北にある街で、この辺りだと一番大きい町だよ」


「へえ~!」


 ローデンブルグの街は、きれいに石畳が敷かれ、整然と家が建ち並んでいる。

 三角屋根の木造のお家で三階建ての家が多い。


 私とバッカスちゃんは広場にいるのだけれど、なかなかの賑わいだ。


「ねえ、バッカスちゃん。さっきの『転移!』って魔法?」


「そうだよ。私は魔法を沢山使えるの。だから聖女の守護妖精に選ばれたんだよ! エッヘン!」


「そうなんだ~。バッカスちゃんは、優秀な妖精なんだね。スゴイ! スゴイ!」


 私が褒めると、バッカスちゃんは、嬉しそうに透明の羽根をパタパタと羽ばたかせながら、私の周りをグルグル飛んで回った。


 聖女の守護妖精……、ということは、私のガード役だね。

 良かった!

 異世界一人ボッチとか、耐えられない。


「じゃあ、守護妖精のバッカスちゃんは、私の相棒だね! よろしく!」


「任せて! マオのことを守ってあげる!」


「頼もしい相棒が出来たところで、早速、お酒を探しに行こうよ! お腹も空いたし!」


「ご飯を食べるのは賛成だけど……、子供がお酒を飲むのは、どうかと思うよ」


「シャラップ!」


 早速、私たちは異世界の街『ローデンブルグ』の探索を始めた。


 ローデンブルグの街は、ヨーロッパ風の街並みだが、住んでいる人たちは様々だ。


 猫っぽい獣人。

 耳の長いエルフ。

 ヒゲと筋肉がモリモリのドワーフ。


 私は頭の上に、梅の妖精バッカスちゃんをのせて、テクテク歩く。


 家の壁がレモンイエローで塗られた通りを見つけた。

 どうやら、ここは商店街みたい。


 八百屋さん、肉屋さん、金物屋さん……あった!


「ここは酒屋さんだね!」


 ワインボトルをかたどった小さな木の看板がぶら下がり、店先に樽が置いてある。


「すいません! お酒を下さい!」


 店の中から、赤ら顔のおじさんが出てきた。


「いらっしゃい! おや、お嬢ちゃん、お使いかい?」


「そうです!」


 本当は自分で飲むつもりなのだけれど、今の私は幼女だ。

 親にお使いを頼まれた設定で話を進めよう。


「そうか、そうか。お使いが出来るなんて、偉いな」


「おじさん、お酒は何がありますか?」


「エール、ワイン、ジンだ」


 エールはビールのことだね。

 ジンは蒸留酒だ。

 蒸留酒があるのは嬉しいな。


 けれど、今は、お昼だ。

 強い酒を飲むには、まだ、早い。


「じゃあ、エールを下さい……あっ!」


「お嬢ちゃん、どうした?」


「ごめんなさい! 私、お金を持ってない!」


「はっはっはっ、忘れちゃったんだね。次にお使いをする時は、お金を持ってきてね。じゃあね、お嬢ちゃん」


 酒屋のおじさんは、さっさと中に引っ込んだ。


「バッカスちゃんは、お金を持ってないよね?」


「持ってないよ」


 困った。

 お金がないとお酒はもちろんだが、生活出来ない。

 どうするか……。


「ねえ、バッカスちゃん。お金をどうやって稼いだらいいかな?」


「マオは聖女だから、王様や貴族のところに行けばお金をもらえるし、ご飯を食べさせてもらえるよ」


 うーん……。

 聖女なんてただでさえ面倒くさそうなのに、王様や貴族なんてさらに面倒くさそう。


「他に方法はないかな?」


「えーと……、先代の聖女は、マヨネーズって新しい調味料を作って、新しいお料理を開発して商売をしていたって聞いたことがあるよ。マオもお料理したら?」


 何という残酷な妖精だ!

 メシマズの私に言うか……。


「私の料理を食べたら天国行きだよ」


「天国へ行くくらい美味しいってこと?」


「逆! 逆! 私は料理が下手なの! 料理が不味くて死んじゃうよ!」


「なんか……スッゴイ変な人が聖女になっちゃったな……」


 あ、なんかバッカスちゃんに見捨てられそう。

 異世界一人ボッチは嫌よ!

 がんばれ私!


「いや、料理がダメなだけだから! 他は優秀よ!」


「うーん……。まあ、神様に選ばれた聖女だし、優秀かもしれないね」


 ヨシ!

 破局の危機回避!


「ねえ、バッカスちゃん。私は聖女でしょう? 何か特殊な能力はないの?」


「あるよ! 聖女はね、世界の人々を救うために神様に遣わされるの。だから、強力な聖魔法が使えるよ!」


「聖魔法? それは何が出来るの?」


「聖魔法は怪我を治したり、解毒したり、悪霊をはらったり、色々出来る魔法だよ!」


「おお!」


 なになに! 凄いじゃない私!


 世界の人々を救うとかは……。

 まあ、ちょっと私には荷が重いけど、いただいた能力はありがたく使わせてもらうわ。


 バッカスちゃんは、続けて聖女が使える魔法について説明をしてくれた。

 攻撃は出来ないけれど、人々を癒やし、守ることに特化している。


 治癒の魔法、解毒の魔法……。

 ん?


「ハッ! じゃあ、解毒魔法を自分でかけながらお酒を飲めば、永遠に飲み続けられるのでは?」


「バカなの?」


 私は超名案を思いついたのだが、バッカスちゃんに速攻で否定された。

 なんかカチンと来たぞ!


「バカスのバッカスちゃんに、バカって言われたくない!」


「殺す! 次にバカスって言ったら殺す!」


「何よー!」


 私とバッカスちゃんは、ワチャワチャとケンカを始めてしまったが、二人とも大きなお腹の音が『ぐ~!』と鳴った。


 アホらしくなってケンカはやめたわよ。


「バッカスちゃん! 私、思いついた!」


「なあに?」


「治癒の魔法が使えるなら、怪我人を治してお金をもらえばいいんだよ!」


「いいんじゃない。アテはあるの?」


「あるわよ! 異世界といえば冒険者! 冒険者ギルドを探そう!」

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