6 リンズワルム邸―――――敬老の日

 道すがらキシスのことを何度も聞いた。「私のことより、この現状を先に聞きましょう」とはぐらかして、何も話してくれない。話したくないだけで、記憶喪失ということはなさそうだった。


 ゴットノートの後をついていくと立派な屋敷が見える。


 入り口に近い部屋に一人案内され、着替えるよう言われた。

 やっとチクチクする麻袋とおさらばだと思ったものの、用意された服は無地の長袖、長ズボンだった。チクチクはしないものの囚人感は変わらない。


 着替えが終わって部屋を出ると大広間に案内された。


 立派なレッドカーペットの両端に兵士が並んでいる。案内を務めたゴットノートは、左の兵士の列に加わった。

 正面には上等な椅子があり、上等な服を着たおじさんが座っている。そばには神官か司祭のような格好をしたおじいちゃんが立っていた。


「おおまかな話は聞いています。キシスどの、行動の理由を説明していただけますかな」

 神官のおじいちゃんが口を開く。

「はい」


 どうやら椅子に座った御仁が領主のようだった。


 キシスが立ったまま話すので、コウキも同じように立ったままで聞く。

 いきなり連れてこられて膝をつくのもしゃくだった。


「彼は私と同じ世界の住人です。何らかの力を持っているものと考え、救出しました」


「力? なにそれ? てか、キシスさんは何の力を持ってるの」

 コウキはたまらず聞く。


「だまれ罪人! 貴様に発言を許した覚えはない!」

 神官のおじいちゃんが怒り出す。


 異世界でも老人はキレやすいのか。


「人に指図する前に名乗れよ! あ、オレはコウキね。次、罪人って呼んだら……そうだな、あんたのこと老害って呼ぶからな」


「ロウ……ガイ? 何を言っている」


「彼の名はシュークレアだ。わがアルブワイル領の神官長をしている」

 中央に座るおじさんが口を開く。


「私は領主のリンズワルムだ。これでいいかな」

「ご丁寧に、ありがとうございます。リンズワルム様」


「はは、『様』はいらない。君たちは、わがアルブワイル領の人間ではないからね」

「ありがとうございます。ではさん付けで失礼します」

 キレやすいシュークレアとは違って、優しさの中にも威厳を感じる。やっぱり、上に立つ人間はこうでなくてはいけない。


「リンズワルム様! 彼は立派な罪人ですよ!」

「いや、構わない。話を先に進めてくれ、キシスどの」

 コウキが噛みつくすきを与えずリンズワルムが促した。


「はい。彼は記憶をなくしていると言っています。なぜ罪人なのか知らないとも。彼の重要性を考え、いまいちど罪状を明らかにして、再度判断をお願いしたいと思います」


 リンズワルムが顎に手をやって間をとる。

「シュークレア、コウキどのはどうして闘技場にいたのか説明してくれるか」


 苦虫を噛み潰すような表情をコウキに向けてから、シュークレアは話し出す。

「はい。彼は先ごろ起こったモンスターの襲来を先導した罪で、裁かれ死罪を言い渡されました」


「ちょっと待った。その時、オレに意識はあったの?」

 シュークレアが睨む。


「ない。必要もない」

「それじゃ、本人の自白もなしに断定したってこと? すげえな、原因解明する気ゼロじゃん」


「だまれ! 小僧!」


「二人とも、もう少し冷静になってもらえないか」

 低い声でゴットノートが制する。


 顔は穏やかなものの、拳を握っていてそこそこ怖い。


「すいません」

 コウキはおとなしく謝った。


 確かに言い合いをしていても、事情は明らかにできない。


「ではシュークレアさん、どうしてオレがモンスターの襲来に関係あると判断したのですか」

 さっさと切り替えると、シュークレアも仕方なく応じた。


「先ごろの襲来は夜に起こった。その直前に、光の柱が三本、夜空を貫いた」

「光の柱!」


「なんじゃ!?」

「あ、ごめん。あまりにファンタジーだったから。思わず叫んじゃった。どうぞ、続けて」


 こめかみをピクピクさせながらシュークレアは口を開く。


「その光の柱のたもとにいたのが、貴様じゃ。しばらくしてモンスターの襲来が起こった。しかもこのときモンスターは、異種同士が群れていた。本来こんなことはありえない。この襲来で砦は破壊され、わがアルブワイル領は大損害を受けた。その責任をとってもらう」


「反論、いいですか」

 リンズワルムに向かって手を上げる。


「どうぞ」


「モンスターの襲来前には必ず光の柱が出現するのですか」

「いいや」

 シュークレアが答える。


「では、光の柱が出現した事例は何度ありますか」

「初めてじゃ」

 おいおいと心のなかで突っ込む。


「光の柱のたもとにオレがいたということですけど、それを目撃していた人物はいますか」

「いいや」


「では、光の柱の近くにたまたま倒れていた人物がオレだったということですね」

「何が言いたい」


「推測がザルすぎるってことだ。他にも聞きたいことは山のようにある。三本あったということは他の二本についてはどう説明する? そもそも、光の柱とモンスターの襲来にどんな関係がある? 簡単に考えてもこれだけの疑問がある。そして、今、最も聞きたいのはキシスさん」


「想像どおりです」

 尋ねる前にうなずいた。


「私がこの世界に来たとき、光の柱の中にいました」


「ほれ見ろ、老害! 光の柱は転生とか転移したときのものであって……あれ、後一本は? もう一人、転移した人がいるってこと?」

「私はモンスターの迎撃に参加したので、知りません」


「おおまかな主張はわかりました」

 リンズワルムが調整に入る。


「しかしながら、あなたたちがモンスターの襲来と無関係だとは証明できていません」

「いや、だから」

 コウキが反論しようとすると手をかざして制する。


「あなたたちが、この世界に来たことで何らかの影響を及ぼし、モンスターを呼び寄せた可能性を否定できていないということです。これを否定するだけの証拠をお持ちですか」

「いや、さすがにそれは。警察じゃないんだから証拠と言われても」


「キシスどのについては、モンスターの迎撃で大いに活躍してもらったため、こうして嫌疑を不問としています。そこで提案なのですが」

 リンズワルムがゴットノートの方を見る。続きはゴットノートが話した。


「領内には他にも脅威があります。これから、その脅威を払うための調査に出ようと思っているのですが、コウキどのにも同行願えないでしょうか。協力してもらえるなら、悪意はないということを証明できます」


「領主様! しかし、それでは」

「いや、私の決めたことだ。従ってほしい」

 シュークレアはリンズワルムに言われ、仕方なく口を閉じる。


 すぐにコウキを睨みつけてきた。血圧大丈夫か?


「どうでしょうか」

 改めてゴットノートが聞いてくる。


「もちろん、引き受けるよ」

 なんだか、クエストのような感じもあって、やる気がみなぎってくる。


「でも、気になることが」

 キシスの方を向く。


 正直、闘技場で力のなさは嫌というほど味わった。一人で同行したところで、大した力にはなれない。


「もちろん、私も同行します」

 正面を向いたまま答えた。


「それなら、いざ調査探検へ」

 コウキは拳を上げる。

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