第5話 復讐開始

「三番さん、ご意見ですか?では、どうぞ。お願いします。」

郁恵は軽く会釈をしてから話し始めた。

「私は被告人・立花京香に殺意はしっかりとあったと考えます。それは寝室に、マイナスドライバーがあったことがそれを立証してくれていると思います。」

「サイドテーブルに、たまたまあったって言っていたじゃない。」

二番裁判員が、この証言はしっかりと覚えていたわよ、と言わんばかりのドヤ顔を向けてくる。この主婦裁判員にとって四日間の審理は二時間サスペンスを連日見ていたような感触だったのだろうか。

「みなさんの家庭では、サイドテーブルにマイナスドライバーを置いていますか。」

「いや、だからさ、被告人は前に、夫が部屋の棚の修理で使っていたと言っていたじゃないか。片づけ忘れたんじゃないか。」

六番裁判員も郁恵の足に絡みついてくる。こちらの方がねじ伏せるのに手間がかかりそうだ。

「小島裁判官、もう一度、犯行現場となった寝室の写真をホワイトボードに掲示していただけますか?」

「はい。分かりました。」

小島裁判官はA2サイズほどの犯行現場写真を、ホワイトボードの中央部に軽く置いた。

「みなさん、先ほど午前中に行なった事実認定でもこの写真を見ましたが、もう一度この写真をよく見て下さい。この寝室には、ベッドとサイドテーブル、マッサージチェア、そして壁一面に備え付けの本棚がありますよね。」

「あぁ、よく分かるよ。」

六番さんの頷きを聞き終えてから郁恵は立ち上がり、ホワイトボードの前に向かった。そして、写真に写っている家具や家電をボールペンで指していった。

「マイナスドライバーを使って修理するものが一切ないのです。」

「ええ??」

「サイドテーブルは?」

「このサイドテーブルは、鬼塚家具オリジナルの製品のものです。これは六角レンチで作られています。嘘だと思うなら、スマホで鬼塚家具のホームページを見て、確認して下さい。

「あの鬼塚家具の株主と経営者のやりとりは面白かったなぁ。ずっとワイドショーで流れ取ったもんなぁ。株主総会の映像は何度見ても笑えるわぁ。あの会長であるお父さんは、老害やねぇ。」

「一番さん、鬼塚家具の内部闘争は、今回の裁判に全く関係ありませんからね。」

「あぁ、すいません。」

一番裁判員のじいさんは肩をすくめ、とぼけた表情を浮かべ、写真に集中しているふりを始めた。きっとまた雑談を挟んでくるに違いない。まるでそのタイミングを探しているような顔つきだ。

「だから、備え付けの本棚の方でしょ。棚の修理で使用していたと言っていたじゃない?よくマイナスドライバーで棚板を調整するやつあるじゃない。旦那さんは棚板の調整をしていたんじゃないの?」

思いついた案が嬉しいのか、二番裁判員は水を得た魚のような生き生きとした表情を浮かべ、郁恵に絡みついてきた。実に暑苦しい。

「凶器が落ちていた場所の写真も、裁判の途中で出てきましたよね。小島裁判官、すみませんが、あの写真もホワイトボードに貼って頂けないですか?」

「はい、分かりました。」

小島裁判官は犯行現場写真の横に並べて、凶器が写った写真を置いた。

「この凶器となったマイナスドライバーが落ちていた場所は本棚の近くでした。ですからこの写真を見たらこの本棚がどんな作りかよく分かります。よく見て下さい。この本棚は、一cmピッチで調整できる本棚です。ビスで止めるだけで棚板が調整できるタイプです。最近はこのような本棚の方がはやっているんです。」

郁恵は一呼吸おいてから、評議テーブルに体の向きを変えた。

「以上の点から、被告人が凶器に使ったマイナスドライバーに関する供述に、違和感を覚えます。私は被告人が初めから夫を殺害する目的で、娘さんが学校で使用している工具箱からマイナスドライバーを抜き取り、サイドテーブルに置いていたのではないかと思うんです。」

「マイナスドライバーについていた旦那の指紋はどう説明するのですか?」

小島裁判官は、凶器となったマイナスドライバーの写真をホワイトボードの隅に貼った。その写真には、この箇所に被害者・浮田弘泰の指紋があったと、マークがされている。

「争った形跡がないということでしたので、殺してから握らせたのかもしれません。そんなの、いくらでも握らせることは可能でしょう。被害者の指紋付けることぐらい難しいことではありません。よく二時間ドラマのサスペンスでも描かれていますよね。一番重要なのは、もし旦那さんなり立花京香がマイナスドライバーを使って何かものを修理していたとするのなら、その製品がこれらの写真に写っていないといけないのです。この写真は遺体の発見時に撮影されたものです。でも修理されていたであろう物はない。棚の修理で使用していたとはいえ、肝心の棚はマイナスドライバーを使用しない作りのもの。だから何の脈絡もなしに、そこに置いてあったマイナスドライバーの存在に違和感を覚えるのです。」

 郁恵の指摘にグーの音も出なくなったメンバーは時計の秒針の音を聞くしかなかった。そこに向井裁判官と四番裁判員が戻ってきた。

「大丈夫ですか?」

「先ほどは、取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。薬を飲みましたので落ち着きました。」

顔に赤みが戻った四番裁判員は、自席に腰を下ろした。

「四番さん。今回の裁判はDV被害者であり、それを理由にして殺人を犯してしまったという前提で動いている事件です。これからも心に辛い話題や映像、写真が出てくるかもしれませんが、大丈夫ですか?耐えられますか?」

萩原裁判長は四番裁判員の顔を覗き込むように見た。

「彼女は、最後まで立ち会いたいと強く希望されました。この裁判がどのように結末を迎えるのか、DVの被害者としても見届ける権利もあると主張されました。僕は止めたのですが…。」

向井裁判官は四番裁判員の横を離れようとしなかった。できれば今すぐに彼女を帰したいという意思も感じ取れた。

「分かりました。では、元気になられたということですので、評議に参加して下さい。しかし無理は禁物です。先ほど申し上げた通り、気分を害するような言葉も多く飛び交います。心が付いて来られなくなったら、すぐに申し出て下さい。小島さん、四番さんの横に座って下さい。で、四番さんがいなかったときに話し合われていた内容を伝えて下さい。向井さんは代わりにホワイトボードの前に来てください。」

「分かりました。」

二人の裁判官は裁判長の指示通り、定位置に付いた。小島裁判官が四番裁判員に耳打ちするように、これまでのことを解説し始めた様子を見て、六番裁判員が手を挙げた。

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