紫紺の夜明け

「なんだお前ら!」

「ここをどこだと思っている!?」


 転移先は廃城の中庭だった。

 どうやら『紫紺の夜明け』とやらはここを拠点にしているらしい。

 無数の信徒たちが襲い掛かってくる。

 兵士たちが応戦する中、俺は魔剣を抜く。


 ガンッ! ゴッ! ドガッ!


「「「ぎゃあああああ!」」」


 山賊たちと戦ったときと同じく、魔力を込めない状態の魔剣で信徒たちを叩きのめしていく。

 さすがにこんな連中でも、生身の人間を真っ二つにするのは抵抗がある。


「こいつら……思い出した! 山道で山賊たちを叩きのめした冒険者だ!」


 俺たちが山賊に襲われたことを知っている?

 こいつら、あのとき山道にいたのか。

 勝ち目がないと思って引いてくれたりしないだろうか。

 こいつらに用はない。


「普通に戦っても勝てん! お前たち、『あれ』を使え! ――我が身は邪神ゲルギア様のために!」

「「「我が身は邪神ゲルギア様のために!」」」


 信徒たちが一斉に懐から短剣を取り出し、自身の胸を突き刺す。


 すると信徒たちの体がぐぐっと大きくなり、全身を黒い体毛に覆われた二足歩行の怪物となる。

 気配でわかるが、さっきまでとは強さが段違いになっている。


「はは、ははははっ! 拷問で苦しませた生贄を邪神様に捧げ、我らは邪神様のしもべとなった! 数分で命は尽きるが、強さは今までとは比べ物にならんぞ」


 狂信者。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 こんな怪物になって、寿命を縮めてまで邪神とやらを崇拝する。

 まったく理解できない。


 だが、好都合だ。

 俺は魔剣を起動させた。


 ザシュッ! ザンッ! 


「な、なんだと……!? この姿の我々を一撃で……」


 人間の姿じゃないなら存分に魔剣を使える。

 俺とサリアの二人で中庭の全員を始末した。


 しゅわんっ。


 あ、また体が光った。

 レベルアップしたんだろうか?

 ステータスを確認したいが、さすがに今はそんなことをしている余裕はない。

 ルルを助け出してからだ。

 廃城を移動する。


 バリンッ!


「「「うわああああああああ!」」」


 ドサドサドサッ!


 上の界から何人かが落下してきた。


「レイド……? それにキャシーたちまで!」


 中庭に落ちてきたのは勇者パーティの四人だった。

 レイドは俺に気付いて驚愕した。


「――ッ、ユークか!? 君のようなクズがなんでここにいる!?」

「こっちの台詞だ! ルルはどうした? 助けに行ったんだろ!?」

「行ったさ! けど話が違う! あんな化け物がいるなんて」


 怯えたようにレイドが言う。

 なんだ? こいつはなにを見たんだ?

 そしてレイドたちを追うように上の階から『それ』は降ってきた。


 ドンッッ! という大きな音とともに着地する。


 身長三メートルはあるだろう。

 額から巨大な角が二本伸びている。

 お伽噺に出てくる悪魔のような外見のそれは、俺たちを見て笑った。


『まだこんなに侵入者がいたのか。ゲルギア様復活の儀式を邪魔はさせん。教祖たる俺が儀式場を守っているのだからな』


 よく見ると、そいつの胸には短剣が刺さっている。

 さっき中庭で倒した連中と同じか?

 しかし中庭の信徒たちとは比べ物にならないほど強そうだ。


「「「ひいっ! ひぃいいいいい!」」」


 悪魔は腰を抜かすレイドたちに目を向けた。


『それにしても……お前たちは本当に神託の勇者か? 弱いうえに、仲間の兵士たちを盾にして逃げようとするとはな。やはりウラノスは偽物の神だ。選んだ勇者がこんなザコなのだからな!』


 兵士を……盾にした?

 そういえば落ちてきた人間はレイドたち四人だけだ。

 先行部隊には他に六人の兵士がいたはず。

 ならなぜ兵士たちはここにいない?


「う、うるさい! 僕は神託の勇者だぞ? 兵士たちが僕たちを守るために死ぬのは当然だ!」


 レイドは悪魔の言葉を否定しなかった。


「おい、レイド……本気で言ってるのか?」

「お前もうるさいんだよ! そうだ、お前たちがあの悪魔の相手をしろ! 僕は魔王を倒す神託の勇者だ! こんなところで死んでいいわけないんだ!」


 そう喚くと、レイドは続けて「転移!」と叫んだ。

 レイドたち四人の姿が掻き消える。

 ここに来る前に渡されていた帰還用の転移アイテムを使ったんだろう。


「は……はあああああああああああ!?」


 逃げた!?

 自分たちだけ!?


「そんな……勇者様……」

「まさか自分たちだけ助かろうとするなんて」


 後発部隊の兵士たちが呆然と声を上げる。


「……あれ、本当に神託の勇者? そのへんの子供のほうが勇敢じゃない?」


 サリアが呆れたように呟いた。

 正直同意見だ。

 だが、今はこれ以上レイドたちのことを気にする余裕はなさそうだ。


『ふん、逃げたか。まあいい。次はお前たちの番だ』

「……お前、他の信徒とはずいぶん姿が違うな」

『当然だ。俺はゲルギア様のみならず、<御使い>様の寵愛も受けている』

「御使い様?」

『生贄を捧げ続ける我々の前に現れた、ゲルギア様の意志を伝えるお方だ。御使い様はルディアノーラをさらえとお告げになった。ゆえに我々は計画を立てたのだ。もっとも、山賊をけしかけたほうは失敗に終わったがな』


 山賊をけしかけた、か。

 さっき中庭で戦った信徒も山賊のことを口にしていた。

 あれもルルを狙っていたのか。


『問答は終わりだ――お前たちもゲルギア様への供物となれええええええ!』


 悪魔が襲い掛かってくる。


 ズバンッ!


『あひ……え?』


 悪魔の腕を魔剣で断つ。


『ぎゃあああああ! そんな馬鹿な! この俺の体がァアア!』


 どうやらこの男の体は、外見通り魔物化しているらしい。

 中庭で戦った信徒たちと違い、明らかに光魔力の効き目が強い。


『有り得ん、この俺の体は勇者の聖剣すら効かなかったのだぞ! それがなぜ』


 レイドの聖剣はこいつに効かなかったのか? 

 ならどうして俺の魔剣が効くんだろう。

 レベルもレイドのほうがが圧倒的に上だと思うが。

 謎だな。


『くらえぇぇ! 【ポイズンアロー】!』


 毒液の矢が一度に何本も飛んでくる。


 バシュバシュバシュッ!


 それらすべてを魔剣で遮り切り払う。


『ば、馬鹿な! この距離で【ポイズンアロー】を防ぐだと』


 広場での経験が生きた。

 正面からならこのくらい、余裕で叩き落せる。

 悪魔の残った片方の腕も斬り落とす。


『ぐぉおおおお! も、もうやめてくれ……! その光は痛い! もう許してくれぇ』

「……お前は今までに何人殺した? 正直に言え」

『……ッ、は、八十……覚えていない』

「そうか。お前に容赦する必要はなさそうだ」


 ドスッ!


『がはああああああ!』


 魔剣で突くと悪魔は倒れた。

 八十人って、いくらなんでも殺しすぎだろう。

 情けなんてかけようとした俺が馬鹿だった。


「うぉおおおおおおおおおお!?」

「あ、悪魔を倒した! あんなに簡単に!? あいつ何者なんだ!?」

「勇者様でも逃げ出したのに!」


 兵士たちが湧きたつ。

 ……くそ、全然喜べない。

 信徒たちも教祖ももとは人だった。

 怪物の姿になっていたとはいえ、俺はそいつらを殺したんだ。


 ぎゅっ、とサリアが俺の手を握った。

 それからまっすぐ目を見て告げてくる。


「あんたは正しいことをしたわ。気をしっかり持ちなさい」

「サリア……」

「ルルを助けるんでしょう?」

「ああ」


 サリアの言葉で俺の中の動揺が収まり、肩の力が抜ける。


「……サリア、ありがとう。お前がいてくれてよかった」

「どういたしまして」


 そう言ってサリアはにこりと笑った。

 普段は言動がきついときもあるけど……こうやって笑っているときのサリアは信じられないほどに可愛い。

 彼女のおかげで気持ちを切り替えることができた。


 廃城を上へと進んでいく。


 最上階には禍々しい祭壇があり、その周囲に兵士たち六人の死体が転がっていた。

 どうやら悪魔が言っていたことは本当だったようだ。

 彼らはレイドたちが逃げるための捨て石になったんだろう。

 祭壇の真ん中にはルルが寝かされている。


「ルル!」


 駆け寄ってルルを抱き起こす。

 死んでは……いないみたいだ。よかった……!

 ルルがゆっくりと目を開けた。


「ユーク?」

「ああ。もう大丈夫だ」

「助けに来てくれたんだ。サリアも、ありがと」

「このくらいたいしたことじゃないわ」

「ユーク、耳貸して」

「ん?」


 ルルが俺に手招きをした。

 寝起きで大きな声が出ないんだろうか?

 大人しく言われた通りにする。


 ――ちゅ。


「はっ?」

「なっ……!?」


 俺とサリアが動揺する中、ルルは出会って初めて小さな笑みを浮かべた。


「助けに来てくれたお礼。幸運のおまじない」


 あ、ああ、そういうやつか。

 びっくりした……!


「お前、いくらおまじないだからって簡単にそういうことするなよな……」

「大丈夫、誰にでもするわけじゃないから」


 ならいい……のか?


「とりあえず聖都に戻るか」

「そうね」

「……なんかサリア不機嫌じゃないか? 悪かったよ、俺だけおまじないしてもらって」

「そういうことじゃないわよ、この女たらし!」

「は!?」


 顔を赤くして睨まれた。なんでだ。



『おい……幸運のおまじないって聞いたことあるか?』

『そんなのないだろ』

『ルディアノーラ様、まさかと思うが……』



 なんか後ろのほうで兵士たちがひそひそ話し合っているのも気になる。


 早く聖都に帰ろう。

 俺たちは帰還用の転移アイテムを使い、その場を離脱した。





 ユークたちが去ったあと。

 廃城の最上階に、一人の男が入ってくる。


「チッ、失敗したか。ようやく肉体が手に入りそうだったのだが」


 忌々しそうに呟くその男には――影がなかった。

 まるで幽霊のように浮かびながら、男は独り言を口にする。


「仕方ない。次の候補を探すか。……そういえば、さっき見かけた勇者とやらはいい器になりそうだったな」


 勇者レイド。

 さきほど悪魔化した教祖にボコボコにされ、惨めに逃げ帰った青年だ。


「決めた。次はあの勇者とやらを利用してやろう」


 レイドの姿を思い返しながら、男は次の目的を定めるのだった。

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