聖都のお祭り
近隣の街から衛兵が来て、山賊たちが引きずられていく。
やっと聖都に向かえるな。
馬車に乗って再出発する。
ギュゴロロロロロロ
水色髪の少女が呟いた。
「……お腹減った」
「どんな音よ……」
サリアの突っ込みに全面的に同意する。
いくらなんでも音が豪快過ぎるだろう。
「あー、ルディアノーラだったか?」
「長くてめんどくさいからルルでいい」
「それじゃあルル、腹が減ってるならこれ食べていいぞ」
なんだか不憫だったのでファラが持たせてくれたクッキーを渡す。
「お菓子」
「お菓子が好きなのか、ルル」
「好き。このクッキー美味しい。……ふふ」
クッキーをかじるルルの様子は幸せそうだ。
作ってくれたファラも喜んでくれそうなリアクションだな。
今のうちに色々聞いておこう。
「さっき言われてた<神の愛し子>ってなんのことだ?」
「そう言われてるだけ。別に普通」
「普通ではありませんぞ!」
と、これは近くの席に座る他の乗客の言葉。
「あなたは?」
「これは失敬、私はウラノス教の信徒でございます。<神の愛し子>ルディアノーラ様といえば、教皇様の実の娘にして、協会随一の神聖魔術の使い手と評判です。こたびの国内巡礼にも参加されていたとか」
「へえ……」
こんな小柄なのに、ルルはどうやらただものではないらしい。
神聖魔術の天才、という感じだろうか。
ん? 国内巡礼?
「ルルは一人なのか? 巡礼に参加してたなら他の人は?」
「先に聖都に戻った」
「ルルはどうして遅れたんだ?」
俺の質問にルルは静かに告げた。
そう。
彼女はまるで光差す大聖堂で全能の神からお告げを受ける敬虔な聖職者そのもののようにおごそかな様子で――
「途中の村に名産のお菓子があって、それを食べ歩きしてたら置いていかれた」
「お前はどれだけお菓子が好きなんだ……」
「あたしの想像する修道女とイメージが違いすぎるわね……」
すごいのかすごくないのか判断しにくい少女である。
そんな話をしている間に聖都に到着。
おお、本当にお祭りがやっている。
レイザールの街よりずっと大きくて賑やかだ。
馬車を降りるとルルが袖を引いてきた。
「名前教えて」
「ん? あ、ごめん。名乗ってなかったな。俺はユークだ」
「あたしはサリアよ」
「ユークにサリア、覚えた。またね」
ルルはそれだけ言って去っていった。
不思議な雰囲気の子だったな。
またどこかで会えたらいいんだが。
さて、せっかく来たので祭りを堪能することにする。
まずは宿を取ってから街に繰り出す。
聖都ウルスはガラス細工が名物のようで、きらきらしたアクセサリーや食器類などが露店に並べられている。
「サリア、ファラへのお土産を選ぶの手伝ってくれないか?」
「いいわよ。っていうかあたしもなんかあげたいわ。いつも美味しいもの食べさせてもらってるし」
サリアと相談して、ガラス製の飾り付きの髪ひもを買ってみた。
料理するときなんかに髪が邪魔にならないように、という意図だ。
あとは一番人気だという、ガラス製のコップも三人分買うことにする。
「おっ、そこのお二人さん。恋人同士ならこっちのペアグラスがおすすめだよ!」
「「恋人じゃないです!」」
「ははは、息もぴったりじゃないか!」
露店のおっちゃんは楽しげに笑った。
そういうことを言わないでほしい。緊張するから。
思えば俺は今までファラのために冒険者活動をしたり、魔術の特訓をしたりで全然異性と触れ合ってこなかった。はっきり言って免疫がない。
ファラがいるおかげか、年下相手なら気にならないんだけどなあ。
とりあえずグラスを三つ購入。
空腹になったので屋台で名物料理だというパスタを買ってみる。
広場にはテーブルと椅子が並んでいて食べられるようになっている。
「む、美味しいわね」
「ソースがいいよな……あ、このパスタはウラノス教の聖典が元ネタらしいぞ。神様が特に喜ぶお供え物を使って作っているらしい」
「……神様が喜ぶの? 疑問なんだけど、神様と喋ったことがある人っているのかしら」
「さあ……」
冒険者である俺たちは、神様のことはそこまで信じていなかったりする。
だって別に祈っても魔物から助けてもらえるわけじゃないし。
まあ、美味しければなんでもいいか。
「それにしても、こんなふうに遊んだのは久しぶりだな」
観光なんて人生でも数えるほどしかしたことがない。
少しだけ落ち着かない気分になるな。
ダンジョンに行かなくてはならないんじゃないか、みたいな変な焦燥感があるのだ。
「ああ、ファラはそれで聖都に行くよう勧めてたのかもしれないわね」
「どういう意味だ?」
「あんたに休んでほしかったんでしょ。ずっと自分のために命懸けで戦う家族を見てたら、そう思うんじゃない?」
……そうかもしれない。
俺は今まで焦っていた。
強くならなくては。
金を稼がなくては。
そうしないと薬が買えなくなり、ファラを死なせてしまうかもしれない。
両親もいないんだから、俺がファラを守らないといけない――
そう思っていた。
ファラにも気付かれていたのかもしれないな。
「いい家族ね、あんたたち。お互いのことを支え合ってるのね」
サリアはどこか寂しそうにそう呟いた。
「サリアだってパーティメンバーだろ。なら、家族みたいなもんだ」
「あ、ありがと」
サリアは少し驚いたように目を逸らした。
さて。
「ところでサリア、そっちも一口くれないか?」
「え?」
「せっかく二種類頼んでるんだから、シェアしよう」
「……い、嫌よ」
む。
一口すら譲りたくないほどサリアは手元のパスタが気に入ったのか。
それはなおさら味わってみたい。
「サリア」
「なによ」
「はい」
ぱくり。
俺がフォークに巻いて差し出した麺をサリアは反射的に口にした。
「……!?!? ちょっ、な、なにを」
「よし、食べたな。ただじゃないぞ。そっちのも一口くれ」
「ふ、不意打ちなんて卑怯じゃない!」
「おいおい、俺たちは冒険者だろ? 結果がすべてだ」
「ぐぬぬぬぬ……ああもう、わかったわよ」
サリアは顔を真っ赤にして唸っていたが、諦めたのか皿をこっちに押してきた。
一口いただく。……うん、美味い!
「ありがとう。こういうところで食べるとやたら美味く感じるよなあ」
「……なんであんた、腕を組んだりするのは駄目で、これは動じないわけ?」
「これ?」
「だって、その、あんたが使ったフォークであたしにもの食べさせたり、その後で自分でもう一回使ったりとか……シェアって普通、皿を交換してお互いのフォーク使って、とかでしょ」
……
「え、これ駄目なのか……? ファラとはよくやるんだが」
「実の妹と一緒にしていいわけないでしょうが!」
その後俺はサリアにちょっと叱られるのだった。
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