第2話 勇気づけのリーダーシップ

「そろそろ、お見えになるだとお待ちしておりました」


 麗奈が目を細めてしまうのは、店内からの光が眩しいだけじゃない。

 ホテルのドアマンの如く左右に立つのは、丸メガネにバンダナを頭に巻いたゲンスケと、短髪に、長い片耳ピアスが良く似合うエモト。

 白いレースを可愛らしくつまみ西洋式の挨拶をするのは、黒髪にちょこんと小さな帽子を飾ったゴスロリのユナ。

 彼らがセキと共に、オーナーの店で働く個性豊かなスタッフ達。


「やっぱり、私だけういてるなぁ」


 麗奈の漏れた声に、セキが「ダメよ」

と、笑ってウィンクする。 


 幽霊なのに、ホント眩しい人達。


 照れた笑顔を返した麗奈の前に、スッと、暗い影が覆った。呉羽くれはが値踏みするよう立っていた。

 長い黒髪と、美しい顔は高貴な印象なのに、背筋せすじが凍るような冷たい目が、麗奈をあざけている。


 先程から、もしかして…と感じる人とは異なる違和感。ならば、ただの人間の麗奈がここにいるのが許せないのだろうか?


 何か言わなきゃ…と、麗奈が口を開きかけた時。


「えっ?」


 アキ少年が二人の間を風の如く走り去り、ひし…っと、オーナーの手をとった。


「ああ、オーナー! 会いたかったです! なぜ僕は、一年に一度しかお会い出来ないんでしょう! 何度、呉羽をおいて、あなたの胸に飛んでいこうと思ったことかっ」


「なんで、オーナーの胸なんだ?」

「しかも、呉羽をおいてって言った」


 ゲンスケとエモトのツッコミなど、どこ吹く風のアキアカネ。


「今日、山を降りたの?」


「はい。オーナー、ここにいる間は毎日一緒に風呂に入りましょう。僕が身体を洗って差し上げます」


「……」


「あのガキ、自分の言ってる事わかってるのか?」

「ふ、風呂はハダカだよな?」


「人間の女は、子供と風呂に入るのでしょ? 僕の身体は子供ですから、問題ないですよね?」


「問題は、そこじゃないだろ…」

「ハダカ…」(ごにょごにょ――)


「あなたね、私と一緒にお風呂に入って私のを洗いたいって言うの?」


「それはもちろん、の先からのてっぺんまで!」


「「それを言うなら、のてっぺんからの爪先まで、だ!」」


 ゲンスケと、赤面しながらのエモトの異口同音いくどうおんに、セキはため息をついた。


「オーナー、楽しんでるでしょ? あまりリアルに想像させないでちょうだい」


 セキの抗議に、オーナーは「セキも一緒に入る?」と、いたずらっぽく笑うだけだ。


 困るのよねぇ。ここで迂闊に頷いたら、この人、ほんとにやるんだから。


 とりあえず笑ってオーナーに続きセキも店へ入った。アキ少年はオーナーの横でエスコートするよう手を引いている。


「ふふ♡ アキ坊やのエスコートは、子供が母親を引っぱっているようにしか見えないから、気の毒だわねぇ」


 セキが婀娜っぽく袖口を抑えながら呟やけば、こくこく頷きながら皆が後に続いた。

 



 綺麗にみがかれた鏡の前にアキ少年が座ると、オーナーが愛用のカット椅子に座った。  


「アキ、あなた髪クシ入れてる?」 


 確かにクシを通していないのか…、赤みかかった髪は艶を失っていた。


「オーナー…。僕の名前は、アキアカネですよ。僕の髪に触れて良いのはオーナーだけなので。そんなに気になるなら、僕がオーナーの伴侶になれば解決ですね」


 素晴らしい持論を、子供らしい屈託くったくのない笑顔と、熱のこもった甘い視線で語る少年…。


 ただ…、愛を語られたオーナーはというと、たいして気にしていないのだろう。シザーポーチを腰にセットし、機嫌良く、少年の髪の痛み具合や長さを確認していた。

 

 イメージができたのか、髪飾りを外そうとするオーナーを小さなアキの手が握った。意図するものを理解したオーナーは、優しくニッコリ微笑むと、麗奈を呼ぶ。


「安心なさい。私の元で働く彼女よ。それなりに経験を積んでるわ」


「えっ?! わ、わたし…」


 麗奈に視線が集まる。なんの経験か、わからない程、オーナー達と過ごした時間は短くない。信頼されていると思うとすごく嬉しい。


「えっと、私、レモンがお化けになって襲ってきたのを見ています! だから何を見ても、驚かないつもり…なんですけど…」

 

 結局最後はモゴモゴと口籠る麗奈を、茶化す者も皮肉る者も、Lifeライフにはいない。


 店の明かりが優しく包む。すると、フワっと柔らかな風がうつむいた麗奈を押した。 


「うわ―――っ!!」


 麗奈は歓声をあげていた。


 髪飾りを外したアキは、肌がまっ黒に変わり、黒水晶モリオンで作られたような手は、一本一本の指先までつややかな輝きを放っていた。

 宝飾のようなアキの背には、薄くて透き通る四枚のはね。細長い翅の先には、撫でるように小さな可愛いベニが縁取っている。


「キレイ…。すごくキレイですね!」


「彼は、その名のごとく赤トンボの化身なの」


 ニッコリ笑ったオーナーが、アキの髪に迷い無くハサミを入れた。シャ、シャ、と、ハサミが動くたび、赤毛がサラサラと落ちていく。木目の床は、紅葉したように色づいた。


「ね? あなたの姿に恐怖を感じる人や、拒絶する人もいるでしょうけど…、賛美されるのは悪くないでしょ? そんな存在を無視できるのなら、それはもう土の下の死者と同じね!」


 宝飾品のような顔が、泣き出しそうに歪んだ。


「仲間を導く時のアキは、恐怖と勇気、どちらを与えるリーダーなの?」

 

「…僕の名前はアキアカネですよ」 


 つやをもった柔らかい赤毛は、ギリギリまとめれるくらいの長さにカットされ、黒肌はアフリカの王族のようで凛々しい少年。

 彼のねた小声はとても可愛らしかった。





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