第4話 シム訓練

「敵防御陣地に接触」

 敵のポストを発見した駿は声を出さずにつぶやくように報告した。それでも駿の声にならない声はNAMマイクを通じて通常の音声に変換され、他の三人の耳にも届く。それだけでなく同時にモニターを覗く神酒の耳にも届いていた。

 駿は茂みに身を潜めたまま20式小銃を敵ポストに向け「コマンド・ピクチャー」とつぶやいた。小銃に取り付けた小型カメラがボイスコマンドに反応してポストの画像を撮影する。カメラはピカティニー・レールに取り付けられているため、小銃を向ければファインダーを覗く必要はない。撮影した画像は瞬時に瑠璃の背負った衛星リンクを経由して神酒の覗くモニターに転送されている。それを確認した神酒がマップ上にマークすると、敵ポストの場所は逆経路をたどって四人の網膜上にレーザー投影された。

 彼らはドローンも携行していたが、ドローンが発見されれば、彼らの潜入・浸透が露見する。ドローンを使用する場合は限られていた。

「シュンはA7に移動して他のポストを捜索。左にもあるはずです。ヒメはそこからB4の丘を確認」

 敵ポストと四人の位置を掌握した由宇から指示が飛んだ。特殊スピーカーは内耳を直接に振動させる。声が耳元で囁かれたようでちょっとこそばゆい。

「了解、A7に移動する」

 駿が匍匐のまま一旦後方に下がると「B4にもポスト発見」という紫苑の声が響いた。程なくして視界の隅に表示されているマップに新たな敵がマークされた。


 数分の後、駿の視界隅のマップに表示される敵の位置は赤い点線となっていた。

「まずB4のポストをヒメが狙撃、同時にミニーはB7のポストにグレネードで攻撃、シュンはグレネード着弾と同時にB7に進出してポストを制圧、私がバックアップします。未確認の第2線に注意して下さい」

「ミニーはB7攻撃後、B13にあるポストの活動を抑圧してシュンの進出を支援。駿がB7ポストを制圧したら、私も前進して敵CPまでの射視界を確保します。逐次前進です。その後シュンがCPを制圧すれば作戦は完了。以後全員でシュンの離脱を支援します。質問は?」

 由宇の指示は簡単明瞭で的確だった。それは工作員として実戦を経験したというだけでなく、駿たちよりも一年前から訓練しているということもあっただろう。

 駿は「なし」とだけ答えると、生唾を飲み込んだ。

「では、ドーズ後ヒメのタイミングで攻撃開始」

 一呼吸おいて由宇の澄んだ声が響いた。

「ドーズ、ナウ」

 同時に駿は「シミュレート・コマンド・ドーズ」と呟く。視界に大きな変化は現れないが、それまで風にそよいでいた目の前の草が突然スローモーションのようになった。

 数瞬の後、鈍い銃声が鳴り渡り、さらに鈍いグレネードの発射音が続いた。普通なら直ぐに着弾するはずだ。だが反射促進剤であるピルミリンの効果時間中は、周囲の全てが粘液の中に漬け込まれたかのように動きを緩めている。

 駿はグレネードの弾を目で追った。それは敵のポストに向かってゆっくりと降下してゆくと、小さな閃光を発した。

 駿は腕で体を起すと、頭より腰を高く上げて地面を蹴った。常人の脚力では前につんのめるような前傾姿勢のまま加速する。スーツのダチョウ足は駿を一瞬でトップスピードに到達させた。加速性能を高めるため強化モーターとデュアルサーマルバッテリー化された駿のスーツは不整地でも時速七十キロを軽く超えることが出来た。

 いくらグレネードの着弾直後で由宇の支援が得られる状況とは言っても、駿も真っ直ぐに敵のポストに突っ込むような愚かなことはしない。ポストを左前に見るように前進すると、ポストの中に動く人影が見えた。グレネードの破片でやられたのか、あるいは鼓膜をやられたのか耳の辺りに手を当てている。

 もう駿の姿も敵の視界に入っているだろう。それでも敵はまだこちらに銃を向けてはいなかった。敵はスローモーションのようにしか動けない。駿の目の前には窪地があり、そこで一旦状況を確認することもできそうだった。だが駿は、この距離ではまだ確実に攻撃を当てられる自信は無かった。

 駿は接近を優先することを選択した。

「シュン止まって!」

 由宇の声が響いたが、既に窪地は越えてしまった。もう有効に使えそうな遮蔽物はなかった。ポスト内の敵はこちらを発見して小銃を構えようとしていた。

 それでもまだ、駿にとっては自信を持って撃てる距離ではなかった。由宇は止まれと言っているが、中途半端はもっと良くないはずだった。

 まだ余裕がある。駿はそう判断して前進を続けた。そして、ここまで来ればという距離まで接敵すると全力で制動する。

 後はポストの敵を撃つだけだ、と思った瞬間、駿の耳元を銃弾が掠めた。目の前のポストから撃たれた訳ではない。敵はまだこちらを照準していなかった。

 紫苑や瑠璃が攻撃している両翼の隣接ポストか、あるいは未発見のポストから撃たれたに違いなかった。だが確認している余裕はなかった。敵がポストの中から小銃を向けてきたからだ。

 駿がダットサイトに映る赤い点をその敵に合わせた瞬間、その敵は血しぶきを上げて後に吹き飛んだ。

 そして再び駿の横を銃弾が掠めた。有効な遮蔽物は無かったが、このまま立っていても撃たれるだけだった。スーツを装着すると機動力は格段に上がるが、身長が高くなるため曝露部分は広くなる。駿は慌てて伏せた。

 それと同時に「後方ポストゲット!」という紫苑の声が聞こえてきた。駿を撃っていたポストの敵を紫苑が撃ったのだった。

「前進します。シュン支援を」

 続いて由宇の声も聞こえてきた。前方の脅威排除が完了したため、敵CPまでの射界を確保するため、由宇が前進する。

 しかし、駿がそれに反応する間もなくブザーの音が響く。神酒の声が「状況中止」を告げた。


 駿たちはシミュレータのコントロール室にパイプ椅子を並べて座っていた。シミュレータを使用していたため、実機と同様にスーツ用の筋電位と感圧センサーを兼ねるスマートスキンタイツを着ている。タイツは迷彩色に染められ、それだけで戦闘行動に使える強度があった。ただし、それを着た姿は水着どころか裸に迷彩のボディペイントをしたような姿になっている。

 由宇と瑠璃はシミュレータを降りるとタイツの上からそそくさと戦闘服を羽織っていた。方や紫苑は堂々としたものだった。駿は少し気恥ずかしかったが、紫苑が堂々としているので張り合うことにする。少し寒い気もしたが、何も羽織ってはいない。

 防弾チョッキの他装具一式は脱いで専用のラックに置いて来た。いろいろと装着していると、それが邪魔だというだけでなく、結構椅子を痛めてしまう。

 「野戦での陣地突破と目標破壊という基礎的な連携戦闘を演練したわけだが、偵察までは、まあ良しとしよう」

 水島はそこで一息おくと、自らを落ち着かせようとしているかのように深呼吸した。

「だが、その後は頂けない。特に七尾3士、何が拙かったのか認識しているか?」

 自分がドジを踏んだことは分かっていた。頭を下げたまま上目使いに水島を見て、おずおずと言った。

「ユウの指示も合ったのに、前進し過ぎて目標になった……のだと思います」

「そうだな。結果、未発見の第2線ポストから射撃を受けた。命中しなかったのはシミュレータの乱数上でのことで、実戦だったら今頃天国かもしれん」

「しかしそれは結果だ。問題はなぜそうしたかだ」

 水島は再び駿を見据えた。

「目標としていたポストの敵はグレネードのおかげで即座に戦闘できる状態ではないと判断しました。ピルミリンのおかげで時間的猶予はあると思ったので、確実に射殺できる距離まで詰めようと思いました」

「それにしては随分と接敵したな」

「射撃に自信がなかったので、あそまで出ました」

 水島はまたしても息を大きく吐き出した。

「当初目標としていたポストを新月2曹が撃ったのは良い。バックアップだからな。だが問題の第2線ポストは新月2曹の射界外だった。つまりは、七尾3士が出過ぎたという事だ。ポイントマンはバックアップの受けられる範囲を認識し、それに合せて動かなければいかん」

 そう言うと水島は表情を緩めた。

「しかし、自分の射撃の腕を考慮して接敵するという考え自体は間違ってはいない。根本的な問題は七尾3士の射撃の腕だな。それができなければ死ぬというだけではない。わずか四人の部隊では自分の死がそのまま仲間の死にもなるということをよく覚えておけ」

 そう言うと、水島は左袖をひるがせてコントロール室を出て行った。

「では、本日の訓練はこれで終了よ。御苦労さま。今サーバをシャットダウンするから、各ブースはそれぞれで落としてね」

 神酒は椅子に座ったまま床を蹴り、くるりと回るとコンソールを叩き始めた。

 駿が体重を椅子の背にあずけて「ふう」と大きなため息をつくと、由宇が横から顔を出した。

「やっと走れるようになっただけで、実機にも乗ってないくらいなんですから、あんまり気にしないで下さい」

「確かに各個訓練もろくにやらずに連携戦闘訓練なんだから、自分でも巧くできるなんて考えてない。ただ、今回ミスは新宿の時と同じだからさ。同じミスを繰り返すのはマヌケだろ?」

 フォローの言葉が見つからなかったのか由宇が言葉を継げずにいると、紫苑が自分のブースに顔を突っ込んだまま言った。

「シュンは巧くやったさ」

 由宇が「そうですよね」と応じると、紫苑が振り返って意地の悪い笑顔を向けて来た。

「だって、良いポイントマンは撃たれて敵の位置を教えるポイントマンだって言うじゃない」

 駿は呻きを漏らすと「褒めてねえだろ。それ」と言ってコンソールを叩いた。横を見ると由宇は苦笑を浮かべて頬を掻いている。

「でも確かに本当のことよ。実際そのおかげで、第2戦のポストが発見できて、私が撃てたんだから」

 紫苑は悪びれるでもなく笑顔を浮かべていた。

「紫苑の言う事って、真実のオブラートに包まれた悪意の固まりなんですよ」

 そう言ったのは、装備を両手で抱えた瑠璃だった。

「うまいこと言うな」

 駿が感心していると、紫苑は「失礼ね」と言ったが、その顔はむしろ嬉しそうだった。

「でも課題がはっきりしてるんですから大丈夫ですよ。練習すれば」

 自分の射撃の腕がそんなに簡単に上がるとは思えなかったが、それを口にするのは由宇に悪い。

「そうだな」

 駿は、無理に笑顔を作った。

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