第4話 外来宿舎

 駿が目を開けると灰色の天井が見えた。

「腹減った」

 胃に痛みを感じるほど空腹だった。腕時計を取るために右手を伸ばすと、なぜか腕も痛む。胃の痛みは空腹だと分かったが、腕の痛みが何なのか見当が付かない。筋肉痛のようだったが筋肉痛になる理由にも思い至らなかった。

「まさか昨日の適性検査か?」

 駿は延々と星をタッチし続けた検査を思い出した。しかし、いくら長時間だったとは言え、画面をタッチするだけで筋肉痛になるほどヤワな鍛え方はしていないつもりだった。

 まだ開ききらない目で腕時計を覗き見ると、駿は目を見開いた。時刻は十二時四十分をまわっている。止まっているのかとも思ったが、秒針は正確に時を刻んでいた。

「ヤバ」

 ベットから跳ね起きると昨日の神酒の言葉が甦ってきた。十三時に迎えに来ると言っていた。彼女は駿が寝坊をすることを見越していたのだろう。それほど負荷のかかる適性検査だったのだろうか。

 昼食を諦めれば慌てる必要はなかった。

 ゆっくりと立ち上がると戦闘服を羽織り弾帯を腰に巻く。

 戦闘靴を履き終わると、ベッドの上に後ろ手に手をつきながら再び天井を見やった。昨日受けた奇妙で単純な適性検査で自分の将来が大きく変ることは分かっていた。だが、あまりにも単純な試験だったので何かを達成した感じはしない。なんだか釈然としない気分だった。


 何とはなしに天井の染みを数えていると間延びしたノックの音が響いた。ドアが静かに開くと制服姿の神酒が顔を出した。

「準備はいいかしら」

「はい」

 左手でベレーを掴むとドアに駆け寄った。

 神酒に続いて階段を降り玄関に出たが車は見えなかった。徒歩で移動するらしい。

「良く眠れたかしら」

「ええ、もうたっぷりと」

 それを聞くと彼女は小首を傾げながら笑顔を見せた。やはりそういう試験だったのだろう。

「昨日の薬がどんなものか分かる?」

 異様な時間感覚のせいで見当は付いていた。

「比較するものがなかったので自信はありませんが……、反射能力を高めるものですよね」

「そう。それも劇的にね」

「で、合格なんでしょうか」

「気が早いわね」

 咎めるような視線と共にたしなめられた。だが、その視線は一瞬のことですぐにまた妖しい笑顔に戻る。

「あの薬があれば、九州と沖縄の奪還も簡単だとは思わない?」

 彼女の妖しい笑顔に何か強い思い入れを感じた。そのため反論することにはためらいもあったが抱いていた懸念を口にしてみた。

「軍事的価値は高いかもしれませんが、何らかの制限とか不都合とかあるんじゃないですか」

「ほお」

 神酒が感心したようにつぶやく。

「だって、そうじゃなければ適性検査なんてしないんじゃないですか」

「そう。重大な制限もあるわ」

「教育隊でパッチテストをやった時、具合が悪くなった人はいなかった?」

「倒れたやつが何人かいました。それに片足で立てない奴が多かったですね」

「そう。感覚と反応のバランスが取れない人がほとんどなのよ。そして症状が酷い場合は発作になるわ」

 倒れた数人は、全身痙攣を起したようになって医務室に運ばれていった。

「もし昨日あなたに使ったほどの量を投与すれば、ほとんどの人が発作を起こすのよ。だから投与できる人は適性のある者に限られるの」

 神酒はそこで一息付くと、少し悲しげに言葉を継いだ。

「それに、適性のある人間でも長時間連続使用すれば発作を起す可能性があるわ」

「俺は適性があるって事ですよね」

「そうね。それに、良い意味で薬に対する反応も良かったわ」

 それであれば合格という事じゃないのだろうか。

 そして、その思考を見透かすように神酒が言った。

「後は、あなたがリスクを覚悟できるかと言うこと」

 リスクが何であろうと、駿の気持ちは決っていた。すぐさま返答をしようとすると、神酒が先手をとった。

「その前に、あなたに見てもらうものがあるわ」

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