第7話 三代目の猫

 北国の冬は厳しい。野良猫にとっては特に。


 野良猫たちは、雨が降ったら農家の農機具小屋などに雨宿りしていると思う。戸締まりしていない小屋が結構あるからだ。

 だが、冬はそうはいかない。積雪が多くなると、小屋は雪で囲まれて出られなくなる。


 食べ物もない。ネズミも虫もいない季節だ。肉食の彼らにとって、食べるものは鳥しかなくなるが、飛んでいるものを捕まえるのは難しい(たまに低空飛行で飛んでくれれば可能性はあるが)。


 それまで深く考えたことはなかったが、冬に死ぬ野良猫は結構多いのかもしれない。


 だから、うちの猫集会所は彼らにとってとても重宝だったのだろう。大変な盛況だった。

 内部構造的にも、何も置いていない棚があったから、棚の上にも下にも気兼ねなく猫が自分のスペースを見つけて寝転んでいた。長椅子も置いてあったので、やはりその上にも下にも猫がいた。高いところに行きたい猫は、キャビネットの上に上った。寒がりの猫は、ストーブの前で寝た。


 ストーブは直接上に上ると火傷をするので、四方と上を格子状の囲いで囲った。ファンヒーターも近づきすぎると火傷をするので、吹き出し口カバーを買ってきて付けた。要するに、石油ストーブ一台、石油ファンヒーター二台、電熱ヒーター二台で部屋を暖めていた。


 なんでそんなことになったかというと、猫の出入口を確保するために外扉を少し開けているので、最初はバスマットを二枚買ってきて、下の方だけ開けて扉の間をそれで塞ぐようにガムテープで扉に貼り付けていた。

 ところが猫たちがバスマットに爪を引っかけて上って、ボロボロにする。それだけならともかく、ガムテープが猫の重さで剥がれてしまい、結局バスマットは下に落ちて出入口を塞いでしまうのだった。


 それで結局カーテン(これは結構頑丈にできていて、猫でも簡単には壊せない)だけで出入口をカバーするしかなかったのだが、それだけだと風が入ってきて寒いので、暖房器具を総動員して暖めなければ室温が上がらなかったのだ。


 おかげで灯油代と電気代が大変な金額になった(涙目)。


 私が集会所に入っていくと、新顔の猫は最初はビクッとしていたが、古株の猫はご飯がもらえると思って近寄ってくるので、危険はないと判断したのか、すぐにどの猫も私に慣れて気にしないようになった(気にしないだけで、懐いてはくれない)。


 春になると、オス猫の中にはいなくなるやつもいた。その代わり、初夏の頃には子猫を連れてくるメス猫もいた。子猫が小さいうちは、カラスに狙われたりもする。ここなら安全と考えたのだろう。


 子猫は確か四匹いたと思う。すくすくと育ったが、一匹だけほかの三匹より小さいキジトラのメスの子猫がいた。多分生後四ヶ月位になっていたと思うが、明らかに他の兄弟より二回り位小さかった。


 ある日、その子猫が元気なくぐったりしているのを見つけ、私は慌てて動物病院に連れて行った。当然そのときが初診だったので、診察券を作るのに名前を付けなければならなくなった。


 私は集会所の猫たちには、ほとんど名前を付けることがなかったが、このときは必要に迫られていたので、急遽『チロル』と名付けた。『チロルチョコ』みたいに小さくて、多分この先も大きくはなれないんだろうな、と思ったからだ。


 チロルは風邪と診断され、注射を打たれた。確か三日分位の飲み薬を処方してもらったと記憶しているが、集会所に戻すと飲ませるのが難しくなるし、病気をほかの猫にうつす恐れもあったので、家の中の別の部屋に移した。


 その頃、ボケは推定二十二、三歳になっていて、去年あたりからよく遠吠えのような夜鳴きをするようになっていた。老猫にありがちな症状で、この先永くはないのかな、と覚悟はしていた。


 だから、チロルを三代目の家猫にキープしておきたいという気持ちが芽生えた。チロルの病気はもう治っていたが、集会所には戻していなかった。戻すと外へ遊びに出て、帰ってこなくなるかもしれないからだ。


 かといって、チロルをボケと一緒の部屋で飼うことはしなかった。ボケは長年一匹だけで過ごしてきたので、今更複数飼いのストレスを感じさせたくはなかった。

 親兄弟と離されて寂しかったかもしれないが、チロルは私によく懐いた。


 そして、その日がとうとう来てしまった。ここ数日、ボケの動きがかなり鈍いと感じてはいたが、その日の早朝、とうとう立てなくなった。

 人間の年齢に換算したら、とうに百歳を超えているのだ。私は延命治療をして、彼女を苦しませたくなかった。


 昼前に、ボケは静かに息を引き取った。大往生だった。


 ボケ。二十年近く一緒に過ごしてくれて、ありがとう。


 私は猫を火葬してくれる寺でボケを火葬してもらい、骨壺を持ち帰った。彼女は骨壺の中で眠り、今も私の部屋にいる。


 次の日、私はチロルを自分の部屋に連れてきた。いきなりゴロンと仰向けになって寝転んでいた。ボケが最初にアパートに入ったときの様子に似ている。


 今日から君が、うちの三代目家猫だよ。よろしくな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る